vol.211 秋の九州2015(後)九州にある”2つの鉄道博物館” & 門司港ブラ | 旅ブログ Wo’s別荘

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2015秋の九州旅、後編です^グッド!

前作は↓の写真で終っていました。

前編では、平戸市内ブラを終え、↑バスで平戸大橋を渡って平戸島から九州本島へ戻るところでした波

前作ラストで平戸から乗ったバスの終点は、大橋を渡ってすぐ対岸にある、松浦鉄道『たびら平戸口駅』行の短い路線でした^;
往路は、前作の通り佐世保からバスで来ましたが、復路はここから、松浦鉄道に乗ろうという段取りです電車

この駅、鉄ちゃんには全国的につとに有名で、
↑の碑にありますが”日本最西端の鉄道駅”なんです(※但し、モノレールも含めてとなると、那覇モノレールの那覇空港駅が最西端駅です)あせる

↑たびら平戸口駅、松浦鉄道では主要駅の位置づけで、ホーム2面3線、離合/折返し可能駅です。又、同鉄道全57駅中で7駅しかない有人駅(※2015現在)の一つです^リサイクル

この松浦鉄道、1988(昭和63)年の国鉄民営化/JR発足に伴い廃止になった国鉄松浦線を引き継いだ第3セクター線で、佐世保駅から西海沿いに平戸口・松浦等を経由し、焼き物で有名な伊万里・有田へ至る全長90km余の路線です。
第3セクター中では全国的に見ても長距離な部類ですが、経営的にはまぁまぁな方らしいです^
”たびら平戸口”という駅名ですが、国鉄時代は単に『平戸口』でした。
3セク化されてから、所在地の自治体名の田平を入れた名前に改称されたんですが、その田平町が平成の大合併で平戸市に併合されたので、今では改称の意味があまり無くなりましたwあせる

↑駅名標はJR九州と同じく、その駅の特色を象徴化した絵の入ったデザイン/字体ですサーチ

駅舎内は↑の通り、地方に駅にありがちなローカルムード満点な感じですが、このたびら平戸口独自施設が、改札の横にあります。その”独自施設”とは・目

なんと!
↑堂々と掲げられているのは『鉄道博物館』の看板^
これは見学必須ですグッド!

切符売り場の一角(※国鉄時代は緑の窓口だった?)スペースに、同社や旧国鉄松浦線の史料が所狭しと集められています。鉄ちゃん感涙のコーナーです^キラキラ


当別荘では今年、岡山・片上鉄道の保存運転をはじめ、先日upした中濃ツーリングでの名鉄旧美濃駅や旧神岡鉄道の駅等、地域の方々が鉄道へ寄せる思いを感じる鉄道遺産をみてきましたが、ここ松浦鉄道でも地元の鉄路愛は同じのようです。

↑3セク転換の時、記念に掲げられたヘッドマークひらめき電球
松浦線は国鉄から一気に転換されたのではなく、最初の1年だけJRでした。なのでヘッドマークに”JR”の文字が入っています。

そんな松浦線の激動の歴史を刻んだ↑年表もクリップ

大宮等、全国の鉄博には必ずこういう年表が掲げてありますが、ここも『鉄道博物館』と名乗るからには、負けじと堂々たる年表です^

この年表によると、松浦鉄道は元々『伊万里鉄道』『佐世保軽便鉄道』の2社によって1898(明治31)年に最初の区間が開業したという歴史を持ち、その後変遷ののち国有化され、戦後、国鉄松浦線となりました。

国鉄時代には、博多駅から筑肥線~松浦線~大村線~長崎本線を経由して松浦・佐世保経由長崎行という、現在では不可能な、夢のようなルートを走っていた伝説の急行『平戸号』が走っていました波

又、松浦線で特筆したいのは↑国鉄時代、途中駅から『世知原線』『臼ノ浦線』『柚木線』という支線が3本も分岐していた事。これらの支線は1967-71年にいずれも廃止されています汗

↑国鉄時代最後の時刻表が掲示されていました。
これによると当時は2時間に1本程度の運行だったようですが、2015現在の松浦鉄道では、最も沿線人口の多い佐世保~佐々間では20~30分毎、一番間隔の空く区間でも1時間毎に運転され、3セク化の後は増発され利便性は大きく向上しています。但し運賃は、JRより割高となりました時計

鉄道博物館の片隅には有人切符売り場があり、女性係員のかたが1人おられるんですが、見学していると「すみません!ちょっと銀行へ行きますので10分程閉めさせて下さい!」
JRのように予備の人員がいるわけではないので、用足しも列車の間合いをみて全部1人でやらないといけない3セクは大変ですあせる

駅の一室を使った”鉄道博物館”、まぁ規模からいえば”資料室”あるいは”歴史コーナー”と言ったほうがいいかもしれませんが、沿線の人々が松浦鉄道にかける愛情は大宮の鉄道博物館にも負けない"ビッグ"な規模でした^王冠2

そろそろホームへ行きます男の子
改札横の売店で↑野菜の種が売られていました。しかも園芸店並みに種類充実!駅売店では珍しいかもクローバー

↑駅舎の隣には、かつて筑豊の炭鉱で活躍していた石炭貨車を保存していましたが、なぜかカマキリのモニュメントと一緒になっていて"カマキリ襲来"とお題も付いてました(謎)^


ホームへ上がると~
↑ネコがスタスタと近づいてきました^
この猫も列車に乗るのか?wにゃー

しかしネコは僕には一瞥もせず、ホームを歩いて・足あと

↑ちゃんと人間用の踏切を渡り、駅舎へ消えてゆきました。
乗らニャいそうです^

佐世保行のディーゼルカーが入ってきましたDASH!

西海沿いを走る松浦鉄道ですが、平戸口~佐世保間では海はそんなに見えず、田園風景をのんびり走ります霧

途中からは下校の高校生で満席近くなり、約1時間20分で終点・佐世保駅に到着。所要時間は往路のバスと大体同じでしたフラッグ

松浦鉄道佐世保駅は、JR佐世保駅と同じ高架駅の片隅にあるんですが、コンコースに降りると、たびら平戸口駅にもあった”日本最西端”の大きな木札が・目

これは”JRでの最西端”という事です(※木札の下に、”JR”と小さく書かれている)
現在は、たびら平戸口/佐世保/那覇空港の3駅が、それぞれの立場で『日本最西端駅』を名乗っています。どの駅を最西端と認定するか?!は、人それぞれ^

この日夕方の特急で博多へ移動するので、待ち時間に佐世保駅ホームで少し鉄ちゃんしますカメラ
↑は国鉄色に塗られたキハ66・67型(※この写真のみ同行の同僚撮影/提供)
このDCは国鉄末期、主に筑豊地区の非電化線近代化のため投入した車両で、内部は西日本や九州の快速電車で採用されてるのと同じ、転換クロスシート(バッタンコ式)です^

しばらくホームで撮影していると~

いまJR九州が売出し中の、超豪華なキンキラキン^の列車が入ってきました星
↑はその名も『或る列車』、内容も”超豪華”で、大村線の長崎~佐世保間を走りながら、東京から招聘した超一流シェフがつくる『スイーツを中心としたコース料理』を楽しむという、2時間半の極上の空間を味わえる列車です(※予約は旅行会社で受付、但しチケットは一番安いものでも20.000円以上と値段も超豪華です^)ケーキ

西海のほとりで過ごした1泊2日を終え、↑特急みどりで博多駅へむけ出発します。
今作では割愛しましたが、同僚と佐世保市内の街ブラも楽しんで(※日本屈指の長い商店街がある)かつて造船で栄えた栄華を伝える重厚な街並みを歩いてきました走る人

-*-*-

博多では同僚と一旦解散、当別荘スペシャルコメンテーターのKAZUさんと久々の再会を果たし^、翌日同僚と再集合したのは・

↑北九州市、鹿児島本線の起点・門司港駅です^
この日は北九州空港から帰京する日でしたが、飛行機出発までの時間を門司港で過ごそうという算段です船

駅のあちこちに残る国鉄時代、というかそれ以前の戦前鉄道省時代の面影まで色濃く残る(残してある)門司港駅、”終点”というよりは、『九州鉄道の起点』ですグッド!

↑改札口を出ると、なんか駅構内が薄暗~い。
なぜかというと~

2015現在、門司港駅は駅舎全体がカバーに覆われ、全面改修工事の真っ最中でした注意

しかし門司港駅では、この機会を逆手にとって、工事覆いの周囲にデッキを巡らせ『工事風景見学コーナー』を設けていました旗
一昨年の姫路城大修理を訪ねた時の作(vol.140 13.4.29up)を思い出す光景ですが、門司港駅も工事中の観光客減少対策を、姫路城の”天空の白鷺方式”に習ったんでしょうか?^目

デッキから↑工事現場内を覗き込むと、外された窓枠等が置かれ、解体修理真っ最中でした^
完成は3年後(2018)予定だそうです。
新駅舎も原形を尊重したレトロ風にするとの事で、完成が楽しみです^ビル

門司港は、駅に限らず街全体が”レトロな街並”で売出し中、後程歩きますが、まずその前に、駅の隣にある『九州鉄道記念館』へ行きたいと思います^電車

駅と記念館の間に、↑北九州銀行レトロラインのトロッコ列車駅があります。
この列車、国鉄時代の貨物引込線を再利用し、ここから関門海峡突端の和布刈公園までを結ぶ観光鉄道です黄色い花

スポンサーは名の通り北九州銀行で、所有は北九州市、運営は旧国鉄の筑豊地区路線を受け継いだ3セクの平成筑豊鉄道と、まさに”官民一体”で門司港を盛り上げているトロッコ鉄道です^^王冠1

記念館の入口近くにある↑旧・門司駅の駅名標(※復元)

門司港駅は1891(明治24)年、九州鉄道の起点『門司駅』として開業しました。
その後、1942(昭和17)年に関門トンネルが完成した時、トンネルの九州側坑口となった、2つ隣の大里(だいり)駅を”門司駅”に改称する事となり、それに伴い名前を譲ったこの駅は、門司港駅に改称されました。
なぜか同僚はこの駅名標が好きで「じも、じも」と言って喜んでいますw^

本日のメイン見学箇所、九州鉄道記念館を訪ねます男の子
2003年、JR九州は”九州初の本格的鉄道ミュージアム”として、広い門司港駅構内の一部を利用して同館をオープンしました^クラッカー

まずは屋外の、実車展示から見ていきます^
入口から既に見えている↑蒸機『C59 1』
本州~九州の幹線で急行列車も牽引していた花形SLで、そのトップナンバー車が長年小倉工場で保存されていました。準鉄道記念物ですキラキラ
九州館の実車展示は、↑のC59を先頭に1列に並んでいます^

次は、1942(昭和17)年の関門トンネル開業当初、関門間専用機として戦中戦後に活躍した電機『EF10』です。
直流専用機ですが、当時まだ九州内は電化されておらず、トンネル内と門司駅構内だけ直流で電化したので、交直流にする必要はありませんでした。

先頭部のデッキが特徴ある、戦前電機の典型スタイルですが、海底トンネル走行の防錆対策として、車体は塗色されてますがステンレス製です。
EF10は本州各地でも活躍していました。計41両が製造されましたが現在残っているのは全国で唯一、↑の機だけという貴重なものですうお座

その後ろには↑『キハ07』、いわゆる”レールバス”と呼ばれた、戦後期に全国の非電化路線で活躍した単行DCです。6月にupした片上鉄道・保存運転の作(vol.199)で登場したDCと同世代の車ですカメ

この車両は車内も見学できます。片上鉄道で乗った車と似た感じの車内です。

このDCは大分県内で主に使われていました。
↑車体のサボは、旧国鉄時代に”九州一の赤字線”と言われた宮原線(※久大線・豊後森駅から分岐・1984年廃止)のものです。
実は僕、宮原線に一度乗った事があるんですが(古)、九州ど真ん中の高原地帯を、超スローで走る素晴らしい景色だったのを覚えています霧

・そして、↑これも名車です、”月光型”の愛称で知られる581系寝台電車です流れ星
1967(昭和42)年登場の、新大阪~博多間の寝台特急『月光』で使われ、東海道新幹線の終着駅だった新大阪から乗り継げば翌朝九州へ着くという利便性を謳った列車でした。
航空便がまだ高価だった当時は大変な人気だったそうです。『月光』は、1975(昭和50)年の山陽新幹線博多開業とともにその役割を終え、廃止されました新幹線

ブルートレインでもそうですが、寝台列車って"機関車が客車を引っ張る方式"が一般的ですが、581系はその常識を打破した、世界初の『電車による寝台車』として製造された画期的な車両です。その後、同デザインの改良型『583系』は全国に配属されて昼夜活躍しました。先頭の”月光幕”が誇らしげです^
この電車寝台の技術は、現在東京~高松/出雲市間に走る『サンライズ瀬戸・出雲』に生かされています星

そして九州の鉄道は、↑の"赤い機関車"抜きには語れません。『ED72』です。
1961(昭和36)年、九州初の電化区間として門司港~久留米間が交流電化。その時デビューした、九州内交流専用機(※客貨両用)です。

国鉄時代、東北や北海道等交流電化した地方では、電化はしたけど”電車”の導入が特に普通列車ではなかなか完結せず、これらの電気機関車が旧式の黒い客車を引っ張るという列車が、JR発足前後まで多く残ってました。ED72はそんな客車列車を引いて活躍していました馬

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実車展示見学の次は、↑一段高いところにある本館へ右上矢印

煉瓦建ての、重厚な本館です。
1891(明治24)年、門司港~千歳川仮駅(※現在の瀬高駅付近か?)で開業した九州鉄道の本社として建てられました。国有化されるまで、九州初の鉄道は、当初民間会社によって敷設されました。
まさに現在観光客で溢れる”門司港レトロ”の元祖とも言える建物で、国の有形文化財にも指定されている建物を贅沢にも展示館として使っています^グッド!

では本館へ男の子
まず目に入ってくるのは↑明治期の客車と、その前には駅弁売りのいるホームの光景を再現した人形も。
この客車、時間の関係でじっくり見なかったんですが、後で調べてみると九州鉄道開業時に『チブ37』として製造され、その後大分の耶馬渓鉄道に譲渡、1970(昭和45)年同鉄道廃止まで活躍していた貴重な車だとの事(※次回来た時はじっくり見よう;)

本館のメイン展示は2Fになるんですが、その前に1Fの概要を簡単に^

1Fは先程の明治客車と、その横には↑運転シュミレーションも。
鹿児島線の快速等で活躍する811系電車の運転体験が楽しめます地下鉄

その奥には、こういう博物館に必須の、模型レイアウト(ジオラマ)
その名も『九州の鉄道大パノラマ』という壮大な名前で^、大宮や名古屋のレイアウトに比べるとちょっと小ぶりなものの、風景や車両は見事に九州のものばかりで、まさに”九州の縮図”でした^黄色い花


・次は、↑2F展示へ右上矢印

九州鉄道120年の歴史を凝縮した、貴重な展示の数々が並びます。詳述は控えますので、門司港へ行ったら見学必須です^

大宮や名古屋、そして平戸口^の博物館同様、写真や図表を駆使した年表は読み応え充分でしたグッド!

企画展もあり、九州内では先日引退した国鉄型特急電車『485系』の特集をしていました星

ここで突然、屋外実車に戻りますが、
↑その485系の実車もあります(※クハ481)
ヘッドマークには日豊線特急”にちりん”、懐かしい文字です晴れ

ラストに少し提案して終わりたいと思いますが、入口近くに↑3両、先頭部だけ切り取って置いてある車両があります。
その一番右の銀色の機関車ですが、これは『EF30』、先程ご覧頂いた関門電機EF10の後継機として1961年製造。九州交流電化に対応し、山陽本線の直流電化区間と直通出来る交直流電機(※実用機で交直両用は世界初)として製造されたものです。
なぜ完全な形で残さなかったのだろう?と思って後で調べてみると、この近くの和布刈公園(※前述の北九銀レトロラインの終点)にトップナンバー車が原形で保存されてるとの事です。
僕思うんですが、この館に移設して保存したほうが管理が行き届くと思うんですが・

これだけ充実した展示の九州鉄道館ですが、入場料300円(※帰りのJR切符を呈示すると240円、2015年当時)、大宮や名古屋の館の1/3以下という安さ!かなり満足度大でした^宝石ブルー

九州鉄道館で僕が盛り上がり過ぎて(笑汗)予定時間を少々オーバーしてしまいましたあせる
帰りの飛行機の時間までわずかですが、門司港駅周辺のレトロ街を急ぎ気味でブラします馬
↑の建物は『旧・門司三井クラブ』、鉄道開通以前から重要な貿易港だった門司は、各財閥が進出していました。

↑は『JR九州第一庁舎』、元々は三井物産の支店として建築されましたが後に国鉄のものとなり、国鉄九州総局として使われてきました。
JR発足後しばらくJR九州本社として使われましたが(※現在JR九州本社は福岡市)、今はギャラリーや観光案内所等として開放されています。

↑JR第一庁舎内部、まさにレトロです^
ミニコンサートが行われていました演劇

海岸沿いに出ると、海とレトロ建築の調和する風景が見事です^波

はね橋も架かる海沿いの遊歩道は、歩き心地快適^

そんな遊歩道の先に↑見えてきたのは、レトロ街に一つだけニョキッと建つ高層ビルですビル
展望台があるとの事で、入ってみます^走る人

↑のビル、『レトロハイマート』というマンションです。
その最上階(31F)が観光施設、”レトロ展望室”になっているんですビル
ところで↑ビル頂上部に見える、半円形の構造物は何なのか?という疑問はてなマーク
僕は”ヘリポート”だと思い、同僚は”いや、貯水タンクだろう”と言います。その答えを求めるのも兼ねて、専用EVで展望階へ昇ります上下矢印

展望階に昇ってきました^

お~
門司港の街&港が一望の下^目

本州・下関とを結ぶ関門橋も見事に見えます^虹

展望階にはカフェや案内所もあり、そこのインフォメーションで件の”屋上の構造物”について尋ねると・
答えは『貯水槽兼ヘリポート』だという事です。僕/同僚とも”半分正解”でした、引き分けです^

・で、この時展望層から”路面電車”が停まっているのを発見しました。地上に降りて撮影したのが↑、かつて門司の街を走っていた西鉄の路面電車です。ビル近く駐車場の片隅で保存(※1985年廃止)

かつては門司港~折尾間(約30km)の長区間に路面電車が走ってた北九州市ですが、現在は黒崎駅から直方へ走る筑豊電鉄(※路電スタイルの郊外私鉄)にその面影をみる事ができます。

門司港には↑もあります。出光美術館です。
門司は石油メジャー・出光興産の創業地ですメラメラ

レトロ地区をちょっと離れた街中にある、↑”バナナの叩き売り発祥地碑”
世界中から物資が入ってきた門司港の一面が窺えますバナナ

門司のB級グルメといえば『焼カレー』で、市内にお店が沢山あるんですが、この後同僚おすすめの小倉駅ビルにある回転寿司屋に行くため、今回は割愛ナイフとフォーク
次回門司港へ来たら必ず、和布刈公園と焼カレーに行く事をここに誓いますw


時間となりました。帰りの飛行機&回転寿司の時間を考えると、そろそろ小倉駅へ移動しないとです。次回は是非改装なった”新・レトロ門司港駅”を訪ねたいと思いつつ、帰途につきます電車

この後同僚と小倉駅へ移動、駅ビル内にある回転寿司屋さんへ割り箸
そして小倉駅からリムジンで北九州空港へ、革張りシートがウリの”白黒航空”で羽田へ帰京しました飛行機

本年の九州シリーズこれでおわります、今回はKAZUさん及び、同行の”写真撮ると魂が抜ける”同僚(※写魂氏)に大変お世話になった旅でした。お2人に改めて感謝です^合格
6年ぶりのハウステンボス、初めて歩いた平戸、何年ぶりかわからないw久々の佐世保、そして数え切れない程来てるけど何回来ても楽しい博多&門司港をミックスにした今回の日程、九州の暖かい風に癒された旅でした^グッド!





(※2023.4 2024.7 文一部修正)