30代の頃、「人に嫌われないようにしよう」という気持ちが強すぎて、
「不満」も「怒り」も押さえ込んで窮屈になっている自分に気づき、
「嫌われる」ことを過度に怖がらないようになろうと考えました。
そのために、あえて「人から嫌われるようにする」ことを
実験的にやってみることにしました。
「嫌われる」ことは、自分が思っていたほど恐ろしいことではない、
致命的なことではないということを体験するためにです。
実際に、あえて嫌われることをし始めたわけではありませんが、
そう自分に言い聞かせたことで、
嫌われることに必要以上にびくびくしなくなりました。
以前に、アドラー心理学の某研究者が
「嫌われる勇気」という本を出して評判になりましたが、
嫌われること自体に別に「勇気」は必要ないと私は思っています。
単に、腹のくくり方の問題だろうと。
とはいえ、現実に「嫌われたくない」と考えている人はたくさんいて、
嫌われないように生きることをやむを得ず続けていることが多いように感じます。
「嫌われる」ことは「愛されなくなる」ことだと思っているからのように思えます。
しかし、
「愛されている」を、「必要とされている」こととイコールだと思っていると、
「嫌われないように」することにいつも注意が向いて、
そのことに大きなエネルギーを使ってしまいます。
「嫌われないようにする」ことが必ずしも必要なわけではありません。
それは、「嫌われてもいい」と考えるということでもありません。
「嫌われても平気」だと思えることが大事なのです。
たとえ自分のちょっとした行動や言葉が原因で相手に嫌われたとしても、
「そういうこともあるよね」と受け入れて、
「ま、仕方ないか。次からはちょと気をつけようかな」と
プチ反省すれば良いだけなのです。
深刻に受け止めてゼロからやり直す必要はないのです。
たとえ、目の前の人から嫌われたとしても、
あなたは何一つ変わらず「宇宙から愛されている存在」なのです。
だから、どんなときでも、まずは
あなた自身が自分をきちんと愛してあげること、
愛し続けてあげることがとても大切になるのです。