五次元の光

五次元の光

日々の心配事や人生の悩みなどを少しでも手放せるように、ちょっとしたヒントをお伝えしています。 時に、ライトワーカーとして少しスピリチャアル的なメッセージも交えながら。

人をコントロールしようとする気持ちは、私たちには自然に起きてきます。

 

 

 自分の思いどおりに相手を動かしたい、

 

 自分の期待どおりに振る舞ってほしい、

 

  そんなふうに考えがちなのは、よくあることですが、危険でもあります。

 

 それは、自分自身に対する不安から来ていることが多いからです。

 

 

自分に欠けているもの、自己肯定感の乏しさ、

 

 それを穴埋めするために、

 

 物事が自分の思いどおりになるように

 

   コントロールしておきたいという欲求がうごめくからです。

 

 

多くの人は、かといって自己中心にはならないようにと、

 

 自分がまずは相手のために良かれと思う行動を取っていきます。

 

また、たいていの場合、その要求は、

 

 社会の常識とかルールといった、外的な規制枠組みを用いながら、

 

 「自分の要求は正当なものである」と自分に言い聞かせて行います。

 

 客観的にそれが理不尽であったり一方的な主張であったとしても、

 

  それには気づけなくなりがちです。

 

 

しかも、それは、相手のためにではなく、

 

 自分が与えた分を相手から返してもらうことを

 

  当然の権利として求めている場合が多いのです。

 

 なので、相手が期待どおりのリアクションをしてくれないと、

 

  「私はあれだけのことをしたのに」とか

 

  「私は間違ったことを言ってない、していないのに」

 

    と強い不満を感じます。

 

 

 

その不満も自分への不安から来ています。

 

 相手を上手にコントロールできないと感じると、

 

 自分が自分をコントロールできない現実を突きつけられて

 

   一気に不安になるからです。

 

 

自分の言動が相手に違和感を与えるものだとすれば、

 

 それはその人との関係において不適切なコミュニケーションになっている

 

  ということであって、

 

   相手にとっては受け入れにくいものになります。

 

 正当性を前面に出して主張・要求すればするほど、

 

   相手は引いていきます。

 

自分としては、「愛」をもってそうしていると思い込みますが、

 

  決してそれは「愛」に基づくものではありません。

 

   それにも気づけないまま、

 

   自分の考え方にとらわれ、振り回され、結果的に疲れ果てていきます。

 

 今の自分を、もう一段高い視点から眺め直すという気持ちの余裕もなくなって、

 

   行き詰ります。

 

 

 

そして、自分自身をコントロールしたいという心理も、

 

  私たちにはよく起きています。

 

 それは、「自分に起きることをできるだけ自分でコントロールしておきたい。」

 

   という形で現れます。

 

 特に、自分に自信がない場合や、自己肯定感が低い場合に、

 

   ずっと以前から当たり前のように起きていたはずです。

 

 他者や出来事に対して、自分がそれに振り回され、嫌な思いをするのが怖くて、

 

   常に不安だからです。

 

 自分がそれをコントロールできる状態にして、

 

    安心感を得たいと思うわけです。

 

 

 

 

自分をコントロールしておきたいと強く願うのは、

 

「私はいわれのない圧力・迫害・被害を受けやすい」

 

「だから自分で自分を守っておかないと、どんどんひどいめに遭わされてしまう」

 

  という気持ちが心の奥底に根付いていることも少なくありません。

 

 

往々にして、それは、

 

  「孤独感」とか「怒り」という感情として自分をかき乱します。

 

 

けれども、その根底にあるのは、

 

 自分が愛されていないと感じる「寂しさ」であり「悲しさ」なのです。

 

 

 

結局のところ、他者の行動に不満を感じるのも、

 

 その状況を何とかしたいと思うのも、

 

  自分自身の根深い不安や自己否定感によるものだということです。

 

 それを認めたくないからこそ、

 

  自分自身の問題ととらえることを避けて、

 

  相手側の問題、相手が何とかすべきことだということにしてしまうのです。

 

 

 

他者も、物事も、そして自分をもコントロールせずに、

 

 いったん全部を受け取り、

 

  すべてを受け入れていくことが逆に大切なのです。

 

 そのことを通じて、

 

今まで自分が思い込んでいたこと、

 

「自分は、無力でちっぽけで誰にも愛されない存在だ」という自己像、

 

「周りの人は自分に理不尽な危害・攻撃を加えてきて私を不幸にする恐ろしい存在だ」という他者像、

 

「世の中は、いつだって一方的に私にネガティブなことをしてくる怖い存在だ」という世界像、

 

  その一つ一つを変えていくことが大切になります。

 

 

 

 

冷静に客観的に見つめ直せば、

 

 自分が「マイナス」「ネガティブ」にとらえていたことが、

 

 実は「プラス」「ポジティブ」なものもきちんと兼ね備えていたことに気づけます。

 

 悪いところばかりに目が向いていただけで、

 

 いかに自分が良いところに目を向けようとしてこなかったかに気づけます。

 

 

 

 

そんな自分を変えていくために、今からすぐにできる、最も手軽なことは、

 

 「感謝の気持ち」に意識を向けていくことです、

 

 つまり、どんな小さなことであっても、感謝を言葉で伝えることを

 

   自分の行動に取り入れていくことです。

 

 「感謝」は自分の心だけでなく、

 

   相手の心にも響く、とても大切でパワフルなエネルギーなのです。

 

 

 

そして、いろんなことに、いろんな人に、

 

「感謝」の気持ちを持てる自分が日常的なことになっていくと、

 

 自分自身も人から感謝されていることに気づけるようになります。

 

 

そうすると、

 

「私は(だって)、愛されるに値する存在なんだ、愛される価値がちゃんとあるんだ」

 

  という気持ちが芽生えてきます。

 

 自分が愛される存在であることに意識が向くようになると、

 

  必要以上に気を使って周りに振り回されていくことが自然に減っていき、

 

 「私はそのままでいいんだ」と思えるようになってきます。

 

  そして、これまでのように「他人軸」で生きることから卒業して、

 

   徐々に「自分軸」で生きられるようになっていきます。

 

 

 

あなたは、本当は「与えてほしい」(おそらく「愛情」を)と思っているのに、

 

 ずっと自分が「与える」側になることを選んできたのかもしれません。

 

「与える自分」が自分を支え、慰め、

 

  ごまかしてくれる大事な鎧になっていたのかもしれません。

 

 それは、本当は受け取りたいけれど、

 

  受け取ることを求めたり期待すると、

 

  それが叶わずに逆に悲しい思いをさせられるから、

 

   だから最初からそれを求めないことにしてきたからかもしれません。

 

 

こうして、自分はただただ与える側になったのに、

 

 結局少しもその見返りはなく、

 

 いつでも自分が与えっぱなしになっているとすれば、

 

  それは心の奥底にある「与えてほしい」という強い気持ちが、

 

  自分では気づかないうちに相手に伝わってしまっていたからかもしれません。

 

  見返りを求めて与えているだけだというのがばれていたということでしょう。

 

 

 

物事を、自分にとってマイナスなもの、自分が望んでいないこととして受け止めると、

 

 その「マイナス」な出来事や「望んでいない」出来事が実現していく

 

  という宇宙法則を改めて自覚しておきましょう。

 

 

 

どんなことであっても、その中に「ポジティブ」なものを探し出して、

 

 丸ごと「ポジティブシンキング」で受け取っていきましょう。

 

 

何か嫌なこと、困ったことが起きたときは、

 

 「まじー?ウケるんですけどーー!」と笑って受け流していきましょう。

 

こうあるべき、こうならないのは何かが間違っている、

 

  などと考えてしまうのではなく、

 

   こういうこともあるかも、

 

   これもあり、

 

   そうきたかー、

 

    などと受け止めていけば、

 

    ネガティブだと感じたことも一瞬にして

    

     ポジティブに受け止められるようになります。

 

 

物事は自分の思いどおりにならないのが当たり前であって、

 

 期待どおりにならなかったからといって、

 

   ネガティブに解釈する必要はないのです。

 

 

 

何かどうしても許せないことがあったとしても、

 

 それを無理に自分が許せるようにすることが大事なのではなく、

 

 そういう「許せない自分」を許してあげることこそが大事なのです。

 

  「そんな自分でもよいのだ」とその自分を受け入れていくことです。