以前に,
「これまで無理して明るく振る舞ってきたけど,段々疲れてきた。
この先もこんな自分を続けた方がいいのか,
もうやめたいけど,どうしたらいいのか悩んでいる。」
という小学6年生から相談を受けました。
私はこう話しました。
「つらいことや悲しいことがあったのに,そうやって頑張ってきたことはとてもすごいことだね。
もうそういうのはやめて違う自分を出していきたいと思うなら,いつでもそうできるよ。
だって,苦しい中でそうやって頑張れたのは,
自分では気づいていなかっただけで,
あなたの中にとても力強いパワーが存在していたということ。
その底力があれば,自分がこうしたいと思いさえすれば,
どんな自分にだってなれるよ。
そのとき,今までのやり方を捨ててしまう必要はなく,
世の中,この先もそういうふうに振る舞った方がうまくいくときが必ずあるから,
必要なときにはあえて使ったらよい。
それは,間違いなく自分自身であるし,
そういうこともできる自分,
そういう自分も含めて全部の自分が,
「本当の自分」なんじゃないかな。
今の自分は「本当の自分」のまだ一部分しか
発揮していないというだけだと思うよ。」
昭和の終わり頃,「いじめ」が学校生活における大きな問題として取り上げられ,
いじめのターゲットが「ネクラ」にあるとの雰囲気が広がってしまったため,
その後子どもたちは無理に明るく振る舞うことで自分を守ろうとする姿勢を強めてしまいました。
そのまま大人になった人たちは今でもずっと
そんな自分(偽りの自分)に苦しんでいるようです。
残念なことですが,明るく振る舞って陽気な姿を見せていることが,
周りとのトラブルを最小限にするために必要とされてしまっています。
そして,そのせいで,多くの人が勘違いしているのですが,
「これは仕方なく無理してそうしているだけで,本当の自分ではない」とか
「私は本心を押し殺して,そして隠して,うその自分を演じているのだ。」と
絶えず心の中で自分に言い聞かせようとしています。
けれども,そのように振る舞ったり演じている自分も,
本当の自分であるのです。
たとえ自分では好きではないものだとしても,
それもその人の一部分であり,
そういう自分も含めての「本当の私」なのです。
相手に合わせることで,新しい世界,新しい自分を知ることができるからです。
それまでの「自分」は,
その時はそうするのが良いとして自分自身が選択したものであって,
間違いなく「本当の自分」が選択したものなのです。
それが必要なくなったら別の選択をすることができるわけです。