「今の世の中って、悪いよね」とか、「現代って、間違っているよね」なんて発言を耳にすることがあります。
こういった漠然とした大きな話をするとき、人はささいな自己体験に基づいていることが多いような気がします。
例えば、恋愛がうまくいっていないとき。
「ああ世の中、真っ暗だ」なんて言っちゃいますよね。
例えば、仕事を失ったとき。
「俺が悪いんじゃない。社会が悪いんだ」なんて愚痴っちゃう人もよくいます。
人間という生き物は、そういった(大局的にみれば)ささいな自己体験から、「世の中が悪い」なんて大きな結論を出してしまうことがあります。
でも、こういった発言は、すべての人に共感されることはないですよね。
それは、人それぞれ違った「世の中」で生きているからです。
私の感じる「世の中」と、ある人が感じる「世の中」は、同じではありません。
私の「親」と、ある人の「親」が、別人であるのと同じことです。
「世の中」や「社会」といった概念は、人の数だけ存在しますからね。
整体を通しても、常々言っていることですが、すべての論理には、前提条件が必要です。
「○○は効果的です」ではなく、「○○さんにとって、○○は効果的です」といった具合に。
つまり、「世の中は悪い」では条件が不足しています。
正しくは、「○○さんにとっての世の中は、悪い」ということです。
例えばリンゴについて会話するとき、人は無意識の内に「the apple」を共有できると思ってしまいます。
けれど実際には、,実在するリンゴ「the apple」ではなく、概念としてのリンゴ「an apple」しか会話の中では共有できません。
「世の中」であれ、「リンゴ」であれ、それぞれの人間にとっての個別概念でしかないのです。
「世の中が悪い」という人を否定するつもりはありません。
その人にとっての「世の中」は、悪いのでしょうから。
けれど当然のことながら、それは私にとっての「世の中」ではないので、共感できる考え方ではありませんね。
歴史的に考えても、現代が悪い時代だとは思いません。
少し歴史を勉強すれば、もっと悲惨な時代なんていくらでもありますから。
まあ、どんな時代でも、「今の世の中は間違っている!」って発言したがる人はいますからね。
もちろん、誰とも共有できない個人にとっての「世の中」のお話ですから、他人にとってはどうでもいいお話なんですが。