「正しい食事」なんてものがあるのでしょうか?
例えば、赤ちゃん。
赤ちゃんにとっての「正しい食事」は、母乳。
人工的なミルクもありますが、やはり母乳に勝るものはないのでしょう。
では、「正しい食事=母乳」という方程式は成り立つのか?
もちろん、成り立ちません。
いい大人が母乳だけで生きていけるわけがないですから。
だいたい、気持ち悪い光景だし(笑)。
成長期には成長期の、大人には大人の、高齢者には高齢者の「正しい食事」がある。
同じ年齢であっても、男女の差、健康面での差、文化の差などによって「正しさ」は異なる。
その年代においての、その状況においての、その人においての、「正しい食事」はあると思う。
けれど、万人に共通する「正しい食事」はない。
例え同じ人物でも、刻一刻と「正しい食事」は変わっていく。
「正しさ」とは何か?
それは、「その瞬間におけるベストな選択」ということなんでしょう。
振り返ってみて、ああだこうだ言ったところで、それは時間が経過したからこそ言えること。
その瞬間においては、判断がつくものではない。
どんな食事をしたらいいのか?
どんな運動をしたらいいのか?
どんな生活をしたらいいのか?
分かりません。
それを判断できるのは、本人だけです。
周りの人間にできることは、「こんな方法もありますよ」と提示することだけ。
それがはたして、その人のその時の状態にあっているのかどうかなんて、他人には分からないこと。
本人だって、厳密な意味では分からないでしょう。
「正しさ」を求めないこと。
個人的にできるアドバイスはそれくらいですかね。
「正しさ」より、体が求めている「喜び」を知ること。
「正義」より「歓喜」が大切ですね。