崖の上のポニョ | まるたけ整体 公式ブログ

まるたけ整体 公式ブログ

「札幌市 厚別区 JR厚別駅 徒歩3分 筋膜のコリをほぐす専門店」

宮崎駿さんの作品には、「タブー」が存在する。


作品の内容うんぬんってことではなく、作品に対する批判が「タブー」になっている。

特にメディアでは、100%批判的評価はされない。


メディアの存在意義は、権力に対する抑止力である。

権力を持った者が暴走しないように、監視する役割がある。


しかし、実際には、権力に媚びているのが現状。

日本の場合、その「権力」が国家というよりは、スポンサーであり、そのスポンサーが気にする消費者である。


簡単に言ってしまえば、消費者に嫌われることはしない。

よって、多くの消費者が賛同していることに対する批判は「タブー」になる。


宮崎駿さんの作品は、多くの賛同を得ている。

個人的には、もう作品を作らない方がいいのでは?と感じてしまう。

崖の上のポニョを見て、あらためてそう思った。


ひとことで言えば、作品が成り立っていない。

ミクロな視点で見れば、美しい映像だったり、セル画による躍動感あふれる演出などの「さすが」という部分はあるが、マクロな観点で言えば、つまらない作品だ。


これは、ポニョだけの話ではない。

ハウルの動く城もそうだったし、千と千尋だって、同じ。

もののけ姫あたりから、すでにおかしくなっていた。


作品が、作品として完成されていない。

大風呂敷を広げて、その収拾がつかないまま、なんとなく終わってしまう感じ。


原因は、宮崎駿さんにあるのではない。

はじめから「大作」を作ることを目指している、現在の製作体制に原因があるのであろう。


だから、興行的にはうまくいっていなかった作品のほうが、クオリティが高い。

「カリオストロの城」や「天空の城ラピュタ」などは、ちゃんと作品としての成り立っている。


ポニョは、作品としてもっと批判されていいもの。

「なんだ、この駄作は?」

といわれたっていい作品。


でも、そういった意見はメディアでは抹殺される。

まるで見た人すべてが、「感動した」なんてことになってしまう。


もちろんいい作品だという意見があってもいい。

でも、くだらない作品だ、という意見をタブーにしてしまう日本の表現の自由には、問題が多いだろう。