それほどのことでもないのですが・・・。 | まるたけ整体 公式ブログ

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「札幌市 厚別区 JR厚別駅 徒歩3分 筋膜のコリをほぐす専門店」

「竹下先生って、札幌に知り合いもいないのに、移り住んで、よく生活できていますね」


昨日来られたクライアントの方が、ふと、そうおっしゃっていました。



確かに、札幌に住むようになって、9年。


それまで、大阪以外に住んだこともなく、進学だの就職だのという理由で、札幌に来たわけではない。


ただ、「住んでみたかったから」という理由だけ。


私の感覚では、普通のことなんですが、一般的ではないのかもしれない。



日本人相手に、日本語で仕事するなんて、それほどたいしたことではない。


そういう思いがある。


だから、知り合いがひとりもいなくたって、それほど寂しいだの何だのという感覚はない。


話が通じるのだから、孤独を感じることなんてない。



仕事をする上で、考えていることがある。


もし、外国で、外国人を相手に、私は通用するのだろうか?、と。


そのことが、自分の中での価値基準としてあるので、日本で仕事をすることが、それほど困難なことだなんて思えない。


言葉も通じない。


文化も違う。


それでも、通用する「価値」とは何か?


私にとって、その答えが「整体」である。



正直、「孤独」なんてものを訴える人が嫌いだ。


少し考えれば分かることだが、人間は、孤独で当たり前。


さしあったって、そのことをアピールする必要がない。



同じように、「無常」を感じていない人も、嫌いだ。


どんなことでも、同じってことはない。


この「無常観」こそ、世の中の真実。


なのに、「自分は死なない」みたいな勘違いをしている人がいる。


「自分だけ不幸だ」みたいな、くだらない思い込みをしている人がいる。


すべてのことは、常ならず。


そう思えば、人生に、良いも悪いもないことが理解できる。



過去のことを考えることが、ない。


20代や、30代でも、「学生の頃はよかった」なんて過去を美化する人もいるが、理解できないな。


年齢を重ねれば重ねるほど、昔話をしたがる人が、本当に多い。


それって、どうなんだろう?


今という時間を大切にしない人ほど、過去にこだわっていると思う。


今という時間を一生懸命生きていない人ほど、未来を不安がる。


過去も、未来も、幻想に過ぎない。

そんな「幻」を相手にすれば、そりゃ疲れ果てちゃうでしょうね。


人生なんて、どうってことではない。


みんな、確実に、死ぬ。


これだけは、完全なる平等。


生老病死・・・。

悩んでも、悩まなくても、何も変わらない。


人生に「哲学」は必要だと思う。


少なくても、私には必要だ。


常に「死」について考えていれば、「生」のありがたみが分かるものだから。


世の中には、自分の「死」について考えていない人がいる。


それは、それで幸せなのかな?


でも、それと真剣に向き合っておかないと、いざって時に、ジタバタしてしまうのでしょうね。


向き合っていたって、たぶん右往左往してしまうのが、人間ですから。