整体という仕事を通じて、多くの人と出会いました。
整体という仕事があったからこそ、普通なら話さないような方とも、
いろいろ、お話しする機会がありました。
10代から80代まで。
ほんと、幅広い年齢層の方と接することで、ひとつ見えてきたものがあります。
「自然を相手に仕事をしている人は、元気だ」
ということです。
「自然相手の仕事」とは、農業であったり、登山家であったり。
そういう人の持っている元気さは、
パソコンばかりの作業、人間関係が主な仕事をしている人とは、
あきらかに違う。
とにかく「さわやか」なんですよ。
自然と関わらない仕事をしている人は、「憂鬱」な雰囲気がどうしても、ある。
自然相手の仕事の人は、年齢・性別に関係なく、カラッとした雰囲気なんですよ。
これまで、漁師や酪農家の方とお話したことがありませんが、
たぶん、同じような“空気”をまとっているのではないかと思います。
もちろん個人差がありますから、自然相手でも“どんよりオーラ”な人もいるでしょうし、
コンピューターに囲まれた生活でも、さわやかの人もいるでしょう。
でも、基本的には、自然を相手に仕事している人は、すがすがしい空気感を持っている。
自然を相手にしなくなると「ああなれば、こうなる」発想になってしまう。
何かトラブルが起きれば、「責任者を出せ!」と声高に主張してしまう。
思い通りにいかないことを、受け入れる余裕がない生き方になってしまう。
例えば、農業。
どれほど、今日は作業がしたいと思っても、大雨になれば、できることなんてない。
雨がやむのを、じっと待つだけ。
例えば、漁業。
どれほど、一生懸命、網を仕掛けたとしても、
その海に魚がいなければ、どうしようもない。
自然が相手だと、「仕方がない」という事実に耐えれる精神力が育つ。
人間やコンピューター相手だと、その忍耐力が育たない。
「ああなれば、こうなる」と考えてしまうから、
うまくいかない時は、「仕方がない」では終わらず、責任問題となる。
何でもかんでも「仕方がない」と諦めることが正しいと言いたいのではない。
でも、何でもかんでも、思い通りならないとイライラしてしまう、
現代人のもろさが、瞳に生きる力のない人を増やしているのではないか。
イライラしようが、不機嫌な顔をしようが、人生は何も変わらない。
元気に笑顔で生きていれば、何かしら突破口が見えてくるもの。
いや、突破口なんかなくてもいい。
苦しい環境を楽しめることこそ、元気に生きることの真価なのですから。
私が、「元気こそ人生において最高の価値基準だ」と考えるようになったのは、
仕事を通して、さわやかな人達との出会ったからですね。
私はずっと、“人生の軸”を探していました。
今はそれが何なのか、ハッキリと分かります。
それこそが、「元気」というキーワード。
長生きしたいという欲望も、病気になりたくないという恐怖感も、人と比較してしまう劣等感でさえ、
「元気」という切り口で人生を考えると、どうでもいいことになります。
あるかどうか分からない老後のために、いま現在を犠牲にすることなんてない。
未来のために現在があるのではなく、
現在の積み重ねが未来につながっていくということ。
将来のためだけに、生きることはしない。
刹那的快楽だけに、生きるのでもない。
いま現在を大切に、丁寧に、元気に過ごすことが、人生における最高の価値。
まずは、自分自身が元気でありたい。
と同時に、人を元気にする仕事がしたい。
元気になっていただく手段として、「整体師」をしています。
だから、クライアントを元気にできなくなったら、私は整体師失格です。
そうならないためにも、私自身が人生を楽しみ、元気いっぱいでいようと心掛けています。