今、幸福感がないということは、いいことだ。
今、満足感がないということも、いいことだ。
今、達成感がないということだって、いいことなんだ。
「幸福感」、「満足感」、「達成感」、それを求めて生きることが、実は楽しい。
未来に希望を持って生きることこそ、人を元気にさせる。
人生のピークを迎えてしまうというのは、実はしんどいこと。
例えば金メダリストの水泳・北島選手。
どう考えても、いま現在が人生の絶頂期。
アスリートとして今以上の状態は、ない。
つまり、このあとの人生、約50年は落ちていくしかない。
よく「燃え尽き症候群」になってしまう一流のアスリートもいるが、
北島康介さんも、気を付けないと、そうなってしまうでしょう。
でも、それは仕方のないことだとも思う。
だって、そうでしょう。
2大会連続、2種目金メダル。
本人が辞退しない限り、国民栄誉賞を与えられるんじゃないかな。
それが本当に「栄誉」なのかどうかは別として(政治的思惑もある行為ですし)。
偉業を成し遂げた人に、「これからの人生にさらなる希望を持て」
というほうが難しいかもしれない。
世界と戦い、そして勝利する以上に熱くなれることがあるのかどうか、
私には分からない。
だからこそ、いま幸せでないと感じている人は、「幸せ」である。
容易に、いま以上の「幸せ」な状態を想像できるのだから。
ああなりたい、こうしたい・・・なんて理想が描ける人生ほど、「幸せ」なものはない。
今、才能がないことは、いいことだ。
今、尊敬されていないことも、いいことだ。
今、苦しんでいることだって、いいことなんだ。
未来に何かある。
それは、よりいっそう悪い状態かもしれないが、いい状態の可能性もある。
人生に「絶対」は、ない。
だからこそ、「可能性」が少しでも感じられれば、人は元気に生きていける。
現在、幸せでないということが、すなわち「幸せ」なんですよ。