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組長とあねさん

未曾有の台風二号の話題の続きである。

そのうちタイトルの意味はわかるからね。

結局滞在中テレビのスイッチをいれず、ラジオもきかず、人づての(つか、ほぼタクシーの運転手さんから)情報なんであるが、今回の台風は、やはり普段から台風のきつい宮古島ではあるが、今までにない大きい台風だったとのこと。
ただ、幸い、いつもはもう少し停滞する台風が、かなり速い速度で通過したのでまだ被害がましだった(電柱はほとんど折れなかったからだそう。)そうである。

自分で目にしたのは、横殴りの雨、それも塊で降る雨。こんな降りかたみたことない。あと、街路樹のかなり大きい枝が折れて、道にずーっと並んでるとこ。あと、浜に藻がいっぱいうちあげられてるとこ。真っ只中のパイナガマ湾は遠浅のせいか、そんなに波の高さをかんじなかった。(部屋からよく見える。)

運ちゃんからの情報は、「マンゴーハウスがほぼ全滅。袋被った実がいっぱいおちてた。」「タバコ畑が壊滅状態。」「おかげで島の半分くらいの収入がなくなった。」

「さとうきびは、自分で自然に立ち上がるからほとんど被害はない。」

「それでも、いつもなら台風が停滞する期間が長いため、数年前のは街路樹葉っぱがほとんどもなくなり、電柱がたくさん薙ぎ倒されていた。停滞しなくてよかったさぁ。」とのこと。


ふしぎなのは、すぐそこが海岸で若干水は上がっているが、それでも砂浜が見えるレベルで、浜の横の国道則ちホテルの前の道に冠水することがなかったことだ。


さて、ここでやっとタイトルの意味がわかるところまできたが、その前に。(引っ張るど。)

結局ホテルで夕食はぐずぐずしたためかそんなに空腹でもなかったためか確認もしなかったためやっと一階に下りたらやっぱりクローズド。

外はまだまだ暴風雨。

友達にメールで、外出れるかね?ってきいたら、昼のひどくなる直前でも歩けなかったからやめておきなさいとのこと。二十メートル程先にコンビニがあるのに。。。

寝ようとおもったが、夜十時くらいにやたらと空腹に。で、十一時にやっと外が静かになり、なんてことなくコンビニへ。ブルーシールアイスはやはり食べなくてはとカップでダブルで購入。やはり食べ物は品薄になっており、せっかくだから、沖縄ソーキそばのカップ麺を購入。空腹は満たされた。実は夜の部は開催されたのだが、化粧する気も失せ、すっぴんで行く気力もなく。(思い切りまさやんが出ていたらしいが、やっぱり自分中心。)翌日の晴れは間違いないので、これで当日の朝方までは耐えられんことまちがいなし。とホテルからでなかった。

だが、結局自宅お留守番のお友達やら、私と同じくくたびれ組の宮古組と、元気若人組からもれきいた、まさやん情報やら昨日のまさやん情報やらなんやら(てんきよほうかっ!)で二時すぎまでメール交換に忙しく睡眠時間は取れないのであった。(ってか、宮古島に入る前の夜勤から、ずーと生活が夜勤パターンになっている。一日目は昼から夜までライブで、不眠。)


停電については、ホテル組は、自家発電の恩恵に預かりすぐに電気は回復したが、民宿ペンション組はなかなか回復せずこまったらしい。これまた空港へ向かうタクシーの運転手さんによると、二日間電気がだめだった地域もあるようだ。ホテルに泊まってよかったらしい。

ああ。ひっぱりすぎたかしら。

さて私が、ちょいと先のコンビニすら行きあぐねているとき。もちろん巷の居酒屋さんなんかもたいてい締まっていたりするわけだが、宮古島最終日、友人が連れていってくれた、組長(45歳、昭和モノ好き、長渕剛大好き、息子の名を彼の歌からとった、地元出身、内地大都会経験約二十年)のお店は、あいていたらしい。(組長談)客など、きそうもないのに開けるのもびっくりであるが、来たお客様は二人の、おかまさま。(おかあさまではない。)両手にお土産の食材をもって。
組長いわく「くんなよ!!」おかまさま二人いわく「きちゃった。」とゆずらなかったらしい。(野太いおかまさま声で。)

あの暴風雨の中を歩いてこれるなんざ、基本身体能力は、男性のようである。

呑みはじめたら事件は起きたようである。

組長曰く、「襲われたらどうしよう。。。」まさに事件は起こってしまったのである。こんな時につきものの事態が。
そう「停電。」である。
組長は、このやばい状況のなか、彼らに言ってのけたのである。
「真っ暗だな。」

「ここに蝋燭も置いてないぞ。」
すかさず、おかまさまは言った。
「うちの店にはあるわよ。」(勿論野太いけど、甲高いおかまさまウ゛ォイスで。)組長「そんならもってきてくれる?」「いいわよ。」そしてその暴風雨のなか(多分)問題なく蝋燭をもって来てくれたらしい。
ご多分にもれず、かなり早く消費する蝋燭、通常よりも低温で溶ける蝋燭所謂プレイ用の蝋燭をである。「うちにはこれしかないから~。」といったかどうかは定かではないが。
言うまでもなく、早く消費したに違いなく、「うちにまでついてきて飲んだ。」そうである。「怖かった。」とのことで我々を爆笑の渦に巻き込む組長。だがしかし、高校生の息子がいるのでそれは話をおもしろくするためと思われるが、真相はわからない。(え゛!?)

因みにそのおかまさまの店には、(オカマバーは宮古島唯一のお店らしい。)ニューハーフが、一人いていつも刺激的な衣装で元手のかかったボディを堪能させてくださるそうである。常に下履きをつけてないそうで、組長は時折思いもよらないときにその造形をみて嬉しくなるとのこと。その露呈の仕方は、常識的我々婦女子には到底理解しがたいが。
例をあげると、彼女の衣装は、余裕があまりなく、時にトップがズレて見えたりするそうで、一応直して貰おうと指摘してみたりなんかすると顔を赤らめて「きゃぁ!!恥ずかしい!!」と、よりによってスカートで顔を被うそうである。むろん造形物は丸見え、造られているから、綺麗な姿なんでしょね。分かっていても男のひとは「うほっ!!」って、嬉しく得した気持ちになるんですと。現場に自分がいたら、多分いい気持ちがするとはおもえないが、組長が仕事の傍ら声動きで生き生き話すと大爆笑してしまうという。
カウンターのなかにいる、組員のおねえさんは、福岡から「なんとなく」そこでお勤めだとのことで、彼女がとても普通で組長の彼女か妻でもなくお勤めのようであること。
ミュージックコンベンションの旗振りの地元ホテル社長やらボランティアのひとたちの親しい行きつけらしいことから、言うほど危ないことをされはしないようである。宮古の居酒屋だが、焼鳥や普通のおつまみの店なので、地元向けなのかなとはおもう。
因みに店の名前は「作組」「つくるぐみ」と呼びます。お父様が建築やさんでその名前をもらったそうです。
お父様もご本人もしたに「作」がつくとのこと。実は、二人の名前きいたけど、酔ってもないのに覚えてません。笑いすぎか?

因みにねえさんですが、お客さんである地元の方が私より絶対年上だとおっしゃるので、出生の昭和の年数いったら、私がやはり一つ上だったため、地元の客人に以後ねえさんと呼ばれ続けてしまったっちゅう哀しいオチやね。

ただ今

世紀のパイナガマ湾、ソングダ-台風の真っ只中(は過ぎてきた感じ。)
我が船は、、、って、ビジネスホテルの七階ですが、未だ暴風雨圏内にある。船室のベッドは、床全体で揺すられ、丁度善い程度のゆりかご状態に変化し、換気扇からの風の入りもなくなっている。
流石にぐっすりとは寝ていず、自分の舌根沈下による怪音。。。。(いびきともいうが、)により、断眠状態にある。

お陰で、外の様子を音で、把握出来る状態だ。

そういえば、厚いほうのカーテンは、開いたままである。窓ガラスに、何か、ぶち当たってもいないようなので、よしとしよう。

あれだけビビっておきながら、ベッドから、出たくなかっただけなんだが。


先ほど綺麗なおねいさんの一団と思われる方々が、ドヤ顔で、、、いや、どやどやと廊下を歩きながら、「あんまりきこえなかった。。。」とか、のたまいながら、お部屋に戻っておられました。
(因みにドヤ顔って言葉が流行っているので先程は使ってみたかっただけである。ウケを狙おうとしたわけでは決してない。。。わけではない。)



あっという間に時間がたちはじめたので、ホテルに夕食は摂れるかどうか聴いてみよう。

ところで、苦いものは基本だめだが、ゴーヤはやっぱり大丈夫だ。朝食にゴーヤの酢漬けが、梅干しとともにあり、ちょっと迷ったが、どちらも皿に取った。ちょっと塩モミして、酢に一晩漬けたっぽい。浅漬けであろう。おいしゅうございました。(ピクルスは火を通して甘いもんね?)


ん~、オチのない記録だけだが、ボチボチ情報と栄養の収集しようかな。

それにしても、東北、北関東は、また震度4。福島浜通りはしょっちゅう震度3。微細な揺れは頻繁だろうと思う。

十勝寄り釧路地方でも、あの大地震の次の年に移住したことがあるが、頻繁にゆれて、子供が小学校になり、自転車通学できるようになるほど年を経ても、通学路が液状化するほどの地震や、十年経っても、震度5弱の地震にみまわれていた。地震対策はそれだけに、個々人がしっかりしていて、たいした被害なく、津波に備えて直後から高台に避難する車(しょうがないのよ。高台が遠いから。)が素早く、マナー良く走る中、発生直後の深夜、逆走して、職場に急行している自分に、「かわいそうな私」、と思ってみたりしたが、決して、飲み屋で好きなウイスキーの瓶数本を抱え職場にも、ましてや家族に連絡もしない人とは、いくら急行することが義務とはいえ、違うと思った。気が合うはずもないのに、二十年ちかくいたのは、やはり子のため、地域のため、ましてや我慢強くない自分に課した我慢するという課題だった。しかし、一人の環境になり、正直、雪かきに負けました。里に戻ってよかったと思っています。

話がとびとびになりましたが、私のように、地震もないような(水害はありますが)温暖な地域に、住むようになり、宮古島まできて(ちょっと今年は無理矢理)未曾有の台風を経験したこと(それもホテルに問題もあまりないのが有り難い。)は、喉元過ぎて熱さを忘れるなとの宮古島の意志かもしれない。そしてだからといって愉しむ気持ちをわすれるなとの。

ミュージックコンベンションの収益は、(いつもほぼないそうですが、)震災に遇われたかたがたに、寄付されます。(いつもは宮古島に寄付)

ベッドが揺り篭状態。又は安定走行中の大型船の客室ベッド?みたいな?

お約束通り、ベッドでゴロゴロしてますが~。ま。うとうとしますわな。すると、ベッドが揺り篭状態で(主に脚側から頭方向に突き上がる感じ、ハッ!ってなるですね~。)やっぱり建物が風で揺り動かされてるですね~。お風呂の換気扇は、パッタパタ打楽器状態。下水もボコボコ上がった音してるし。厚いカーテンも、やっぱりしめたほうがよさそう。なんか飛んできそう。山羊とか?(笑)明日の朝ベランダで「メェ?」とか?電球も、たまにチラツクと、ォォ!!ってビビりながらも、感動してたりする。タクシーの運転手さんが、友人に昨夕、「案外あんまりひどくないとおもうよ。」となぐさめた直後、「電柱折れる程度で済むとおもうよ。」とのたまったらしい。慰めになってないっすよ~。

あ。やっぱ、停電しました。非常灯確認しました。あ!点いた!手回しラジオライトもってきてよかったわい。