若かりし頃、貧困ゆえ手が出なかった酢豚を
心ゆくまで食べ歩いてみたい。
ある権力者の協力を得て、その夢は叶うかに思えた。
だが、行く手を阻む謎の組織、さらには
悪夢の酢豚体験により、俺の心は折れてしまったのだ。
(詳しくは「旅立編」「怒涛編」を読んでくれ。)
「もう酢豚なんてコリゴリだ!」
夢を失った俺はヤケ酒をあおり、喧嘩に明け暮れた。
路地裏でボロ雑巾みたいに転がっていた俺を
救ってくれたのは「スナック かさぶた」のママだった。
傷ついた人の心が一日も早く“かさぶた”に変わりますように。
そんな思いを込めて付けた名前だそうだ。
俺は涙ながらに一部始終を話した。
無言で頷いていたママは「ついておいで」と立ち上がると、
俺を街に連れ出した。
向かった先は、ある一軒の四川料理店。
「いや、もう酢豚は・・・」と躊躇する俺の腕を掴んで中へ。
テーブル席とカウンター、奥には座敷。
中国人らしき男女二人で営む、アットホームな雰囲気の店だ。
青椒肉絲、回鍋肉、麻婆豆腐、酢豚、八宝菜などの定食は800円。
ママに促され、俺はしぶしぶ酢豚定食を注文。
ママは麻婆豆腐定食。
「とびっきり辛くね!」と店主に念を押した。
メイン料理以外はバイキング形式。
ライスは白飯と炒飯。キャベツサラダ、ポテトサラダ、キムチ、
冷奴、燻製玉子、バナナ、玉子スープの全てが食べ放題!
つい最近まで、大半の定食が700円だったというから驚きだ。
遠慮なく、炒飯、サラダ、惣菜をてんこ盛りして席に着く。
酢豚登場!玉ネギが多めではあるが、
角切りの肉がたっぷり。甘酢あんの味付けも良いな。
ママの麻婆豆腐もひと口もらってみる。
ほう、唐辛子をかなり効かせた本格派だ。
辛いだけでなく、旨みもしっかりしているぞ。
炒飯を片付けたら2杯目は白飯。惣菜もお替りして大満足。
これだけでも十分なのに、デザートまで出てきた。
美味いものを出来る限り安く、腹一杯食べてもらおうと
努力している良心的な店もあるのだ。
この店なら“回鍋肉を中華一番人気にするの団”の奴らとも
和解し、ともに食卓を囲むことができるかもしれないな。
「どうやらアンタの心の傷も
“かさぶた”に変わったようだね」
俺の気持ちを見透かしたようにママが微笑む。
涙を見られるのが恥ずかしくてトイレに立つ。
戻ってくるとママの姿がない。
「もうお勘定は済んでますよ」と店主に言われ、
慌てて外へ飛び出すが、辺りに人影は見えない。
急いで「スナック かさぶた」に戻ってみる。
が、店があったはずの場所には「テナント募集」の貼紙。
夢を見ていたのだろうか。
またいつか心が傷ついたとき、再会できることを期待しよう。
久々に走ったので腹が減ったな。
美味い酢豚でも食いに行くか。
完
[店舗データ]
店名:四川料理 金蘭 (キンラン)
住所:広島市西区南観音町20-7 1F(地図)
営業時間:11:30~14:30 17:30~22:30
定休日:月曜
訪問日:2015/05/03