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わたしの高次脳機能障害

2024年9月10日(火)バイク同士の交通事故で
高次脳機能障害と診断されました。
リハビリ&障害者支援施設の生活訓練プログラムを受けて
復職する予定です。
障害が残ることを未だに容認できません。

退院してから違和感があった。

そんなことないと思いたかった。

母に相談しても「まだ退院してすぐやんか」と

前向きに励ましてくれた。

 

ただ自分だけが違和感を感じていた。

一向に片付けは進まないし

外に歩きに行くにしても着たい服を選べない。

自分の思っている内容をうまく言葉にして伝えられない。

 

 

え、これって治るの?

元に戻るんやんね?

 

 

一気に不安になった。

その頃のわたしは、障害はしばらく経ったら解消すると思っていた。

退院前に感じていた臀部から尾てい骨にかけての痛みも緩和していないし

面倒に感じていた退院してから2週間後の外来が

こんなに待ち遠しくなるとは思わなかった。

 

診察前に伝えたい内容をノートに書いた。

 

・事故の影響(全く残らないと思っているが本当か)

・帰ってからうまくできない

・尾てい骨が痛い

・脳梗塞と事故の脳出血の因果関係

・会社にいつ戻れるか

 

自覚している障害

・注意障害

・記憶障害

・遂行機能障害

・抑うつ

障害認定について相談する必要性があるか。

 

願望がこもってるとはいえこの状況で調べた自分はすごいと思う。

だけど先生は打てば響くタイプではなく

ここでも「いえ、あなたは高次脳機能障害が残りますよ」とは絶対言わなかった。

この点に関してだけは今でも恨んでいる。

 

ただ、この状態で復職すると状況が厳しいこのご時世では

正しく評価してもらえなくなるのでせめて半年は休職しなさいと言われたので

翌日会社に伝えて半年休職させてもらうことになった。

 

病院を出てからバイクショップへ行き、保管していたバイクを

修理工場へ運んでもらう手続きをした。

その頃はまだ乗れると思っていたので

心のなかで「またね」と呟いて触ってきた。

まさかそれが最後になるとは思わなかった。

 

わたしは無知だった。そもそも障害は解消しない。

だから配慮が必要なのだ。

ここからわたしの地獄が始まった。