ゴール地点で妻と合流してからは、まずは自転車を輪行バッグに詰めて、車に積載。そして妻と温泉に行ってリフレッシュ!清潔な服に着替えて晩御飯へ!サイクルウェアを脱ぐのがなんだか凄く久しぶりな感じがします。というか、同じ服を丸三日間着続けていたんですね・・・。改めて、この競技の尋常ではないところを実感します。他の方々はどうしているのでしょうか。
 

晩御飯にはラーメンを食べに行きました。当然ながら、とても美味しかった!しかし、ここで一つの大きな問題が発生。右手の握力がほぼ死んでいて、箸を握れません。思い起こせば、877キロ地点のくじら資料館の付近くらいから、シフトチェンジをしようとしてもレバーが滅茶苦茶重くなっていて、指で操作が出来なかったので手のひらで無理やりシフトチェンジしていたのですが、あれはレバーが重くなっていたのではなくて、手の力が無くなっていたからだったのか。幸い左手はそこまででもなかったので、不慣れな感じで左手でラーメンをすすりました。握力が日常生活に問題ないくらいまで回復したのは、6月末くらいのことでした。なお、8月時点でもまだ手の力は完全には戻っていません・・・・・・。今までのブルベで足の指が数ヶ月麻痺するようなことは度々ありましたが、これほどの事は初めてです。

そして翌朝は唐戸市場で妻の大好きな寿司をたくさん食べて、関門海峡を歩いて渡る海底トンネルへ。トンネルを歩いていると、明らかにブルベの参加者らしい格好の方が。話しかけてみると、私の参加していたブルベとは別のブルベに参加していた方で、そっちは1400キロのブルベだったそうです。上には上がいる・・・。ということを改めて実感しました。
九州側を少しだけ観光して再び本州に帰ってきたところで、懐かしい方に偶然にもお会いすることができました。その方は322.3キロ地点の経ケ岬灯台くらいから462.8キロ地点の鳥取市のコンビニくらいまでの間に何度もお会いしていた参加者の方で、その後は姿をお見掛けしていなかった方です。聞いてみると、鳥取市付近でリタイアしたうえで、記念にと車で来られたのだとか。だとすると、ここでこのタイミングで出会えたのは逆に奇跡のような確率の気がします。あのとき、鳥取までは雨が酷かったし、その後は風が酷かったですから、あの時に一緒だった方々はどうなったのだろうかと思っていたのです。無事な姿を見られて本当に良かった。
ブルベもウルトラウォーキングもそうですが、こんなに長時間の戦いともなると、中盤で前後にいる人はだいたい最後まで一緒にいることになるので、自然とやんわりとした仲間意識が芽生えます。

その後は車に乗り、概ね自転車で通過した道(激狭の道は除く)をたどるようにして帰りました。道中で一番いい景色だったくじら資料館にも行って、夫婦で景色を堪能することができました。途中途中で自由にお店により、時間を気にせずお菓子を食べたりコーヒーを飲んだりできることがこんなにも幸せで有難い事なのか。ブルベというのは、そうした日常の有難さを再認識させてくれる競技なのかもしれません。