次のエイドはたったの4キロ先。走ったり歩いたりして88キロ地点の第十三エイドに19時10分到着。ここでは湯豆腐がいただけます。
時間が無いのでめちゃくちゃ悩みましたが、あと2時間走ることを思って温かい湯豆腐を大急ぎで食べて出発。またミカンをもらって、走りながら食べました。
一応次の94キロ地点も関門ですが、ここまできたら関門よりもゴールの時間だけが気がかりです。
残りは12キロ、残り時間は110分!ということは1キロ9分で行かなければいけませんが、ここまでの88キロを850分で来ていますから正直ギリギリ!!!
しかも、ここから豊島大橋のふもとまでは平坦ですが、橋へ向かっては1キロ以上続く上り坂。
とすると、ここから橋のふもとまで走ることが出来るかが勝負の分かれ道です。
真っ暗な道をひたすら走ります。そこに訪れる空腹感。あと1時間半くらいなのに!
本当なら、どうしても歩かざるを得ない大橋への上りで食べたいが、そのころには残り時間も50分を切っているレベルのはずで、そうなればもう栄養補給してもあまり効果がないかも。今ここで食べて、最後のひと踏ん張りに力を出せることを祈って、最後のおにぎりを飲み下しました。
走りながらだと食べづらいし、そもそもお腹が減っているのに食欲も出ない……。それでもなんとかして94キロ地点の第十四エイドに到着したのが20時05分。残りは6キロ、残り時間は55分!
いつものジョギングで10キロくらい走っている自分としては、「あの公園からあの交差点くらいまでが6キロだなあ。」というイメージが湧きます。
体はボロボロですし、ここから1キロ以上の距離の上りがあることもわかっています。しかし、
「20年以上にわたって、何度も何度もジョギングしてきたのは、ここのたった6キロ(上りは歩くのなら、走るのはたったの5キロ!)を走るためだったんじゃあないのか!」と思って、エイドステーションのスープをもらって手に持ったまますぐに出発。もうここまで来たら、前後の人たちとも、なんとか頑張ってゴールしましょうと言いあう状況。橋への上りをスープを飲みながら急ぎ足で歩きます。
橋の頂上、道が平坦になったら走ろう。そこからは残りが5キロくらいのはずだ。あと5キロだけ走ろう。たった5キロ走ればいいだけだ。そんなことを、ぼそぼそと口に出して自分に言い聞かせながら坂を上り、橋にたどり着いた瞬間からは、もう歩くことなく走り始めました。
橋を抜けたら長い長いトンネル。トンネルを抜けたら、緩やかな下り坂。だんだん坂が急になっていって、海に突き当たりました。
もう本当に僅かな距離のはず。そう思って走っていると、残り1キロの看板!腕時計を見ると、20時51分!
ちょうどそこに、もうほとんど走れていない女性の方。「あと1キロです!」とお声をかけたのですが、もうあまり目も見えていないぐらいに疲弊しておられ、可能であれば一緒にゴールにたどり着きたいとも思いましたが、人に手を貸すのは絶対にダメだろうと思い、「がんばりましょう!」とだけ言って、ゴールに向かって急ぎました。とはいえ、県民の浜の直前にはちょっとした上り。なかなか走れません……。
大急ぎで歩いて、県民の浜の敷地内に入った時、「残り3分です!」とのアナウンス。ゴールはどこだろう、ここで迷ったら死んでしまうと思いながら、必死で走りました。「残り2分!」のアナウンスが流れた時に、ゴールのゲートとそこまでの道が見え、本当にここまできてやっと、絶対にゴールできると確信できました。最終的に、15時間59分ほどでゴールしました。

なお、この時点で夜の9時なのですが、翌日は仕事。急いで車に戻り、とりあえず小谷サービスエリアまで急いで走りました。
この頃には、異常なほどの空腹感、しかし気持ち悪さもあり食欲無し、そして当然ながら眠さも襲ってきましたので、アイスとミルクティーを買って摂取、車内で体をタオルで拭いて下着姿になり、寝袋にくるまって2時間ほど仮眠。
午前1時頃に再出発しました。家に帰ったのが午前3時頃、お風呂に入って午前4時就寝。午前7時に起床の後、仕事へ。
仕事ができるかなと思いましたが、体が興奮していたのでしょう、意外と眠くもならずに仕事ができましたが、仕事が終わって家に帰った途端、倒れるように寝てしまいました。