霞ヶ関で働く中産階級リーマンのチラシの裏 -3ページ目

不条理の中、不調和に生きる

厨二みたいなタイトル。


だんとつの営業成績を残したのに昇進しなかった。

そればかりか、年下のプロパーが昇進するという、、


・思ったほど自分評価されてなかったのか

・席が1つしかなく、プロパー優先だったのか

どうするか

①頭に来るから他の会社を探す

②今年1年は冷や飯を食う気持ちで仕事を行う


①を選んだ場合、今の会社より待遇がよくても「勝った」ということになるのか?

それは逃げではないのだろうか?なんて考えてしまう。

それに、次の会社で成果が出せるかなんて未知数=リスク


②を選ぶにしても一度冷めてしまった気持ちでどこまで真面目に仕事に向かえるのだろうか。前職で先に退職する上司が「自分は仕事に対してマジメに向き合っていたい、云々」と言っていたが、まさにそれと同じ気持ち。

だらけた気持ちで仕事に向き合って来年昇進できなかった場合=リスク


どちらを選ぶにせよリスクしかない。


おしまい。







1月のお買いもの

新年に買ったもの。


その①無印のスキニーデニムパンツ

実家のイオンモール郡山でふらっと立ち寄った無印でいい顔をしている薄デニムを発見。去年ユニクロのスキニーテーパードと出会い高級デニムと卒業できた。しかし濃紺、ホワイトには概ね満足していたが、薄いタイプ、色落ちタイプはデニムの恰好よさを感じる色落ちではなく「何かいいのないかな?」と思っていた。

試着したところユニクロと変わらないサイズ感で早々に大人買い。無印の服なんて大学の時に買ったカーディガン以来だわ。

家に帰って無印の通販サイト見たら「売り切れ」で満足度をさらに高めてくれました。




その②フェリージのビジネスバック

長島のアウトレットにて。今使っている鞄があまりにぼろく買い換えを検討。フェリージが使い易いので当然次もフェリージを検討するもなんせ高くて躊躇。しかし妻の「これ買う」の一言で購入。

今まで使っていた紺フェリージ。朝家を出てから家に帰るまでの私生活を8年共にした紺フェリージ。もうそれはそれはいろんな事を見てきたはず。。。恐ろしい。しかし、8年もよく使ったなー。(たとえるなら小学1年から中2まで!)





久々の買い物ブログで、今後もお金の使い方を見る為に更新していこうと思いました。

年末にGETしたスーツ、コート、ネクタイ等々はまたそのうちに。


おしまい

2015年の総括と2016年

恒例の総括と目標。

例年通りまったく年末年始の感がなく、振り返る事はほとんどしなかったが、いくつか考えた事もあったのでしんどいながらも書く。後々振り返るために。1年はほんと早い。


2015年の総括

・社内で過去最大級の案件を契約し、業務を立ち上げた。途中様々なトラブルが「これでもか」とばかりに発生したが、ほんとうに「やばい」と感じる事はなかった。どうにかなると思っていたし、ある種他人事だった(逃げてた訳ではない。こういうのは逃げると追いかけてくる。楽になりたいので逆に常に自ら突っ込んでいた)。理由は自分一人でやっているものではないし、自分一人でどうにかなるものでもないと感じたから。学んだ事はそれくらいかもしれない。他にあるとすれば仕事の経験が増えた事と、業務を通じて関係する人が増えた事くらいか。

うーん、、、そろそろ次のステップを考える時期か。


・その他、思い返してみても特筆すべき事はない。あえて書く事が何もないのはそれなりに幸せだったと理解する(世の中のニュースや自身の環境にストレス、想い、があれば書いてる)。大病もないし事故もなかった。香港、韓国に旅行し三崎港で鮪も食べた。服も沢山買ったし、おいしいものも沢山食べた。釜山は愉しかった。ビジネスクラスにも乗ったし、成田まで車で行った。韓流ドラマにもはまった。


2016年の目標

・2015年総括で書くことがないのは、目標がなくなっているからではないか?

時期的にも「40歳」を迎えるにあたり、次の10年をどう過ごすかを考えなくてはならないのではないか。

10年前の30歳の時も同じように考えその時は「納得できる社会人(=ブログ表紙)」のような事だった。「今」にある程度は納得しているが、このままでは面白くなくなる可能性もある。


・40歳から50歳の10年は何を得たいか。今までのように転職して名刺とポジションを得る事の繰り返しではない何か、それにはもっと日々考え、何かに気が付き、行動に移すという事をしなければならないのか。メンター的な人間がいればいいのだが、社内にはいないし、交際している人間にも「気づき」はあっても「こうなりたい」はない、そういう時期は過ぎたのかもかもしれない。

誰を目標にするのでもなく自分で自分を調律し、自分を生きる事。


・少し考えている事は「お金」の使い方。今までは小金が入ったら旅行に行ったり、洋服を買ったり、都度自分自身で完結する何かに変えていた。これからは「リターン」がある使い方を考えたい。それは大きな意味での投資的に使うという事だろう。勉強もそうだし、証券もそうだし、人に使うこともそうだろう。よくよく考えて。


・毎年書いているが英語、筋トレを断続的てもいいから一年を通じて続ける。

そして、人(家族、知人、社内)、環境(生活、会社)には感謝の心をもう一度もって。


成人式から20年。もう一度成人した気持ちで。




おしまい。


追記:

アップ後に気が付いたので。2015年の総括で「何もやばいと感じることはなかった」なんて恰好いいこと書いたが、1つ本当にやばいと思った事があったんだ。契約書を合意する時のプロセス、力の入れ方は一行の余地ありだ。慎重に。





6年前と同じ葛藤

帰省から関東に戻った3日朝に父からの連絡。

6年前と同じタイミング。


お通夜は4日の夕方で葬儀は5日の昼


とんぼ帰りは仕方ないが、問題はいつかけつけるか。

4日は朝から会社で5日のAM中に必ず提出しなければならない資料がある。

選択肢のひとつは4日のお通夜に参加し、5日の始発で会社に行きAM中の資料をやっつける。もうひとつは4日は出社に資料を完成させ5日の式に参列する。


結局、会社員としての安全を優先し、4日、5日のAMは仕事を行い、5日の昼過ぎに斉場に到着した時にはもう火葬された後で、親類は泣きつかれた後だった。」

「お通夜に出れなくてごめん」という言葉が精いっぱいだった。

6年前の祖父の時を思い出した。

確かあの時も会議が入っており、お通夜しか参加できなかった。

今回も中途半端な形での弔い。何も成長していない自分を悔やむ。


弔いは「気持ちの問題」ともいうけれども、気持ちがあるからこそ、そういう場には最初から最後まで居なくてはならない。それが弔いという事。


親戚が集まれる「絆」に感謝し、残る人達で大切に紡いでゆかなければならないと考えた。

自分も年を取ったんだ。

おしまい

気が抜けた日常

3月あたりからの激務がGWのピークを経て、8月になりようやく収束してきて2週連続で土日を休んだ。

昨年のGW前後から土日のどちらかは仕事をしていたから、いざ休みになるとすることがない。

当時は何してたっけ??


まだまだ問題は山積みなのは間違いないが。

ただ、ピークを過ぎると何だかさみしいような、気が抜けたような、それは夏の終わりだからか。


まったく何もする事がない状態が続くと思考が切り変わり、何か新たな営みをすると思うが、今は切り替えの最中。頭と体がついていかない。しかも雨だと完全にお手上げ。


こういうときは今が「満たされている時間」と理解して過ごそう。

ある意味贅沢な時間。


おしまい