久しぶりの日本の自宅🏠から変わらぬ運河の流れ、立ち並ぶマンション。そしてその合間のところどころに車やトラック🚚が流れては途切れる。昨年自宅から見えていた景色は変わらないことがありがたい。


 一年前の今頃と言えば、職場ではそれまで蓄積した知見は全く活かせず、何もせず無能と評価され、結果的に、周囲の邪魔をしないように静かに毎日机に座っているだけの日々。有能な人が隣にいて、上司も僕の頭越しに直接その人に連絡していたから、普段は回ってくる書類にめくら判を押すこと以外にやることはなし。そんな日々の中で、自分が出来たことはせめてその人が上司と進めていた仕事の邪魔をしないこと。自分は中堅管理職として、もっとしゃしゃり出た方が良かったのか。あるいは「自分を通せ」と暴れた方が良かったのか。そしてそれが上司が人事評価で私に求めた「より積極的な取り組み」だったのか。いや、違うでしょうね。今改めて思うけど、何をしないことで邪魔もしないこと以上に出来たことはなかったはず。ただ、それを誰も理解してくれなかったことが非常に悲しかったかな。


 大学受験を目指し始めた高校三年生の頃に溜め息😮‍💨なら一生分ついたと思ったけど、昨年ついた溜め息の数は、高校生以上だったか以下だったか分からないが、まともに顔をあげられない気分であったことは同じだったろうか。占星術をやっている妻によると、29年かけて一回り公転する土星期の周期が来たから、そのような状況に置かれることは抵抗できないらしい。もがいても自分を取り巻く環境が変わる訳じゃない。だから仕方ない時期ではあったんだろうけど、その意味は何だったのかと今も考えることが時折ある。


 でもまだその答え合わせは出来ずにいる。もうしばらく考えてみたい。