「自分はなんであんなに嫌われてるのかな?」
大学に入学した頃、自分の専攻科目のクラスに行く度にいつもそう思っていた。僕を怪訝そうに見る人、露骨に嫌な顔する人、特に女子学生が主だったけれど、控えめに言ってもすごく自分は嫌われていた。間違いない。
当時自分にはそれがなぜかわからなかった。おそらく、大学入学とともに田舎から初めて地方の大きな街に一人で出てきて、社交性に乏しかったこと、表情が暗かったこと、愛想がそもそもなかったこと、いろんなことが理由としてはあるだと思う。ただ、男子学生からは、別に普通に接してもらえたし、友達もそれなりにできた。女性にはモテないのは少年期から織り込み済みだったし、仕方ないとは思いつつ、中高生の頃はモテなかっただけ。睨まれたり、毛嫌いされるほどではなかった。
やがて、そんな日々にも慣れて、いろんなことがあり、三年生から四年生になるあたりには、何故かそんな女子学生からの毛嫌いも感じなくなったし、大方普通の関係になった。それは彼らに憑いていた何かがお祓いされたかのように。
いずれにしても、この時期、人に嫌われる、避けられる、白い目で見られる辛さを初めて身をもって体験し、理解できた。
大学生の当時の自分とシンクロするように思い出すことがある。それは中学校当時の「嫌われ女子」の存在である。男子にも女子にも嫌われて浮いていた彼女は、まぁ大変であったろうと今なら同情する。幸い、彼女に対するいじめも無視もなかったが、かなり浮いた人であり、私も基本的には冷たくしていた記憶がある。
女子学生からの対応が改善された大学三年生、四年生の時には思い至らなかったが、今なら分かる。あれは因果応報であったろうと。自分があの「嫌われ女子」に対して行った冷淡な言動が自分に返ってきたのだろうと。50代も後半になってようやくそのことを理解し、答え合わせをしている。全く情けないというか。
当時の彼女が今どうしているのか、さっぱり消息もわからないし、また知る術もない。私の答え合わせなぞ、彼女にはさっぱり関係のない話であろうが、今はただ、彼女がどこかで幸せでいることを心から祈るばかりである。
もう一つ、エピソードがあるが、今回は私は被害者の立場であった。昨年の2024年が私にとって社会人になってから最も辛い1番苦しかった時期であることは、既に最初のブログで書いた通りであるが、苦しかった1つの理由が、出向者Sさんとの人間関係であった。
その方は特定の分野において、極めて知見の高い専門家であり、その関連の部署に初めて配置された私は当然その分野では素人なわけで、Sさんから見ると、とんでもない出来損ないであった。なのに立場は私の方が上だった。
また、どこの職場にもいるが、Sさんは必ず自分のいじめる対象を見つけるタイプ。最初は隣に座っていた女性職員をターゲットにしていたが、その女性はその職員との関係、今時の言葉でわかりやすく言えば、パワハラ、モラハラに耐えられなくなったことも一つの理由となって退職してしまった(前からやりたい仕事を見つけたのが最大の理由ではあったそうだが。)。私も最初は、Sさんからは、Sさんがいじめている女性職員についての悪口を人事面談で時折聞かされるだけで、私に対しては直接の攻撃はほとんどなかったが、彼女を辞めさせてからと言うもの、攻撃の対象は私になった。
例えば、職場で他の人にCCメールする形で、私の揚げ足をとって嘲笑するようなことが度々あり、私は傷つき、落ち込むことになった。ただ、さすがに私も立場上は上司であるし、大人の対応するべきと思って、そこはぐっとこらえて、最後職場を離任する時も黙って出てきた。
Sさんは、以前の数々の職場でも、おそらく同様のことをしてきたと思われる。というのが、前の職場のSさんの上司が、人間関係で問題を起こしていませんかというようなことを私の上司に尋ねてきたらしい。
そうした他人に対する言動が、将来どのようなと形でSさんに跳ね返ってくるのか、それは全て本人の課題である。そこからSさんも学ぶことあるのだろう。それは私の課題ではない。
いずれにせよ、自分が行ったことは、水滴が水面に落ちて波紋が広がっていくように、周囲に影響し、そしてそれが反対に、また小さな波となって元に帰ってくる。
私がSさんの攻撃対象となって学んだこと、そうした経験が今後どのように、私の人生に彩りを添えていくのか、それは私が今後答え合わせをして、いくべき課題だと思っている。
