子ノ権現こと天龍寺の最寄り駅は西武鉄道の西吾野駅ですが、そこからは長い道のりで登山といってもいいようなものです。まず、西吾野駅前から国道二九九号線に出て秩父方面へ行き、しばらく進んでから案内板が道端にあるのでそれに従って左折し、高麗川の対岸に出ます。それから山の中の細い道を行き、約二キロ進んでから案内板に従って左折し、クルマ一台通るのがやっとかというような狭い道を進みます。これがまさに山の中の林道で、道はくねくね曲がり、上り坂ばかりで難渋します。
クルマで行く場合も同様です。天龍寺のすぐ手前に屋根つきの駐車場があり、クルマはそこで停めて、あとは歩いて行きます。タクシーで行く場合なら、本坊の手前まで直接行けます。
東飯能駅や飯能駅からタクシーで行くか、バスで行って山の麓から歩くというルートもありますが、山の上までクルマで行かない限り、登山になります。武蔵野三十三観音霊場第三十一番の法光寺から行く場合は、上記の西吾野駅から先の案内板から舗装道路をひたすら行くか、法光寺の門前から高麗川の方へ行って橋を渡り四百メートルほど西へ進んでから案内板に従って左折し、また橋を渡って二キロちょっと行き、駐車場のある所から長い石段を登って行く、というルートがあります。
天龍寺近くの屋根つきの駐車場から境内の方へ向かってすぐに、小僧さんの像があります。なんとなく心がなごむ像です。
この山には二つの頂があり、西の頂が天龍寺本堂のある所で、東の頂はこの小僧さんの像のある所の南側です。小僧さん像のある所からちょっと西へ進んだ先に登り口があります。といっても、ちょっと登っただけで頂に着きます。
天竜寺の案内書にも、標高六百四十メートルの山頂にあります、と書かれてありますが天気のよく空気も澄んでいる時には新宿高層ビル群や池袋のサンシャインなどを一望できるとのこと。
東の頂に行かず、そのまま本坊の方へ行くと二本杉があります。この杉の大木は、むかし、子ノ聖が箸の代わりに使った杉の枝を地にさしたところ、大きく成長し、二つの大木になった、という伝説のものです。樹齢およそ千年といわれています。
お寺の創建が平安時代の延喜十一年(西暦九一一年)だということですから、本当に杉の枝が大木になるのかどうかは知りませんが、二本杉の伝説は全く根拠のないものとはいえません。箸として使った杉枝ではなく杉苗だったのかもしれませんし、平安時代に植えられた杉に後の世の人がそのような伝説を作ったのかもしれません。
二本杉の前を過ぎて行くと黒門です。それをくぐり抜けると仁王像があります。昭和十一年に、花井探嶺氏によって作られた像です。
そして、さらに進むと聖橋という橋があり、南側の山々の眺望が良い所に出ます。その先に水屋があり、その先に江戸時代末期に建てられたという本坊があります。屋根は杉と茅で葺かれ、大黒柱は周囲二メートル三十センチの楓の大木が使われていると案内書にあります。
寺宝に、平安期の作の不動明王像、鎌倉期作の十一面観世音菩薩像、釈迦如来像、日吉神影図(室町期)、鼠眷属踊り大黒天図(江戸期)、方寸心経、禁裏御贈経、龍鱗石などがあります。
天台宗別格本山としての名刹としての存在感があります。