誰でも出来そうなアレンジで誰にも出来ないことをやる | ギタリスト/尺八奏者 オガタマモルのブログ

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「素朴なアレンジ、コード」が敬遠される、という傾向

コードを複雑に、テンションや種々の理論を駆使したり、アレンジも団子にならないように、ありきたりにならないように色々考える。

もちろんケースバイケースなので
それはそれで大事だし、常に選択肢を多くしておくべきではあるけど

でも、「誰でも思いつきそうなもの」を
「誰にも真似できない方法で」やること
それも大事というか

ギターベースドラムでスリーコードでセーのでジャーン!
みたいな。

これをアレンジの学校に持って行ったら
「うーん、もうちょっと練った方がいいよね」
とか言われるのだろうか…


分からないけど、結構自分も(素朴なアレンジ)の曲が好きだったりする

理論を駆使して云々は勉強すればある程度は誰でもできるようになるかもしれない「スキル」だと思うけど

スリーコードでジャーンを突き詰めるというのは
多分真似できない。他の人が同じように弾いても同じ味は出せない。

洗練された技術の結晶、
アレンジの妙
超絶技巧のようなものももちろん好きなんですが

多少粗があってゴテゴテしてても、素朴でもダサくても、他の人の真似出来ないもの
そういう方にやはり惹かれるのかなと

ナンバーワンでオンリーワンですからね(笑)

だからフランクザッパのギターソロなんだろうな。何かこう、ぐちゃっとしたエネルギーの塊をぶつけられているような気になる。
フレーズがかっこいいとかかっこ悪いとか、よくわからない間に圧倒されて終わってしまうような。

そういふものをわたしもだしていけたらな、と

自分にしか出せないもの
本を買っても検索しても多分みつからない
故に多くの人は探しもしてないのかもしれない
先人の技術を追いかけることで精一杯

そりゃあ自分も先人のかっこいい演奏達を自分も真似して弾けるようになりたいですが
一定の「型」を習得するのは大事ですが

それだけに追われていてはいかんな、ということです。