相変わらずの3時間睡眠。
どうせ麻酔で寝るからいいや。とはもちろん思っていなかった。
禁食となったので、朝食なしで薬を飲む。
14時~15時の間で手術予定の私は11時までは飲水可だった。
「いつもの習慣」でコーヒーが飲みたい。
しかし持参したコーヒーはクリープとコーヒーを混ぜてきたもの。
ミルク不可なので、自販機でブラックを買った。
ポカリをちびちび飲みながら、
バスタオル、着替え等の手術後の必要物品の用意を始める。
点滴の管が挿入される。
11時までゆっくりゆっくりポカリを飲んだ。
病棟担当医がやってきて、切開予定の部分にマジックで印をつけていった。
もうすぐ手術だと思わずにいられない。(でもそんなに緊張していない)
午後1時過ぎに母が来院。
絶食中の私に、さっき食べたランチがいかに美味しかったかと地獄のような話をする母。
看護師さんに、「もしかしたら15時を過ぎるかもしれない」と言われて気楽に構えていたが、
2時45分頃呼ばれた。
黄色の手術着に着替え、バースショーツを履く。
看護師さんにヘアーキャップを被せてもらい、いざ手術室へ。
6階の手術室に着くと眼鏡を外される。
視力0.01以下の私には全てがおぼろげに見える。
手術室は巨大な厨房のように見えた。
花柄の可愛いユニフォームを着た看護師さんに伴われて、
手術台へ上がる。
執刀医のS先生を確認出来たが、全てが慌ただしく過ぎていく。
手術台に仰向けになった私にカバーをかけるとあっという間に手術着が脱がされる。
看護師さんたちの達人的な手際の良さにぽかんとしていると
「もうすぐ痺れるお薬が入りますから」と言われる。
痺れる?何、痺れるって?
と思ったら
「ぽんさーん、起きてください」と
無理矢理起こされた。
重だるい覚醒の中、手術が終わったことを知る。
痺れるって何だ…あっ、眠れるの聞き間違いか…
と考えているうちにストレッチャーで病室へ運ばれる。
母を確認。
何時に終わったか、問題なかったか訊く。
声はかすれていたが、どうにか出た。
7時頃らしい。
私の甲状腺を見たよ、本当に蝶々みたいだねとやけに嬉しそうな母。
酸素マスクをつけられ、
足に効きが悪いマッサージ器のようなものをつけられる。
尿管が入っていることに気付く。
これで漏れるということはないのだなと妙に安心する。
手には何かが握らされていた。
ナースコールだと分かったとき、これは出来るだけ使いたくないなと思った。
看護師にどうですかと訊かれたので、
吐き気がする、痛いと訴えた。
それに対応する点滴がつけられ、3時間は安静ですと告げられる。
明日も来るという母に来なくていいと云う。
3時間は長かったか短かったかと訊かれたら、分からないとしかいいようがない。
頻繁に血圧がチェックされ、眠れた心地はしなかった。
身動きできなかったが、身動きすることも怖かった。
3時間が経ったことを告げられ、
尿管、酸素マスク、マッサージ器、点滴が外された。
そして無理矢理起こされ、手術着からパジャマへと着替えさせられた。
首から伸びた管から血が流れ、ポシェットみたいなものに溜まっている。
この時点で身体についているものはこのドレーンと点滴の管。
お水も飲めますよと言われ、用意しておいたペットボトルの水をストローで飲む。
喉に落ちる水は血の味がして気持ち悪かった。
そして自分の口の中がなんとも不快だった。
トイレももう自分で行けます、出来るだけ動くことで回復が早まりますからと言われ、
そんなものかなと思う。
ベッドからの立ち上がり方を教わり、付き添われてトイレに行った。
多少ふらふらしたが、そんなに苦ではなかった。
痛みは思ったほどなく、喉の圧迫感の方が辛かった。
吐き気というか、むせりそうになることは何度もあったが、
傷口が開きそうでじっと堪えた。
一晩中、何度もチェックされていたと思う。
身体の自由は確保したものの、絶対安静の姿勢で夢うつつの一晩を過ごした。