" 姿三四郎 "
監督 黒澤明
原作 富田常雄
出演 藤田進
大河内傳次郎
轟夕起子
志村喬
あらすじ、
明治15年 (1882)
姿三四郎は
心明活殺流 柔術指南 門馬三郎に
入門しようとやってきた
門馬三郎は仲間と酒を飲み飲み
矢野正五郎をやっつける相談をしていた
修道館柔道の矢野、柔術を柔道にした男
柔道の創始者
警視庁の武術世話係に内定しそうなのが気に入らない
夜道で矢野を待ち伏せた7人
次々に投げ飛ばされ
門馬は生き恥をさらす
それを見ていた三四郎は
その場で矢野の弟子になる
時は流れて
喧嘩早い三四郎
祭りで若い衆を次々に投げ飛ばす
勢い余って相撲取りと取っ組み合い
矢野先生にチクチク嫌味
おまえは人間の道を知らん
人間の道とは天地自然の真理である
この真理によってのみ人間は死の安心を得る
いえ僕は先生の命令なら死ねます、と
三四郎は池に飛び込む
先生は死ねとは命令してないし
池に飛び込んでも死ぬ訳も無く
三四郎の行動は意味不明で
これは人間の真理以前の問題である
ここで先生、"死ね"の一言、部屋に入る
見栄を切って飛び込んだものの
死ぬに死なれず
出るに出られず
中途半端に意地を張る三四郎は
そのまま池の中
枯れ木につかまって夜を過ごす
夜も更けた頃
池の中で月光に照らされる蓮の花を見て
三四郎は忽然と悟る・・・
黒澤明第一回監督作品
1943年に完成封切りされた作品は
翌年再上映した際に
当時の国策の枠をうけ
黒澤明の関知せぬまま短縮された
国策とは
戦時中の日本は電気節約のため
映画上映時間が80分以下に制限されていた
三四郎の脈絡のない行動は
20分も短縮されたせいか ?
戦時中の映画
でも
若干の精神論は入るが
戦争色はほとんどない
この頃の柔道は今と違い
背負い投げで3mmは飛ぶ
ルールもないらしく
参ったと言うまで続く
矢野正五郎のモデルは
講道館柔道創設者、嘉納治五郎
柔道の父と呼ばれる人
姿三四郎のモデルは
講道館四天王、西郷四郎
1886年
警視庁武術大会で講道館柔道が
柔術諸派との他流試合に勝ち
柔道が警察の正課科目として採用された
1943年 日本映画 97分 白黒
1944年 再上映 78分
三四郎は三四郎でも
夏目漱石の「三四郎」には
柔道も柔術も出て来ません
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