自分探し。

じぶんて、どんな人?
本当のわたしってどれ?
わたしは何がしたいの?
わたしは何がほしいの?
友達から見る自分、
家族から見る自分、
会社のひとたから見る自分、
習い事の仲間から見る自分。
3歳の時の自分、
9歳の時の自分、
12歳の時の自分
15歳の時の自分、
そして
今の自分。
あの時の自分、
今の自分、
そしてこれからの自分。
同じわたしなのに、
いつのわたしが本物?
どれが本物のわたし?
わたしの中に沢山のわたしがいる。
いろんな顔がある。
その場その場でつけるマスクが違う。
その時その時で立場の違う、求められているものが違う、期待されているものが違う自分がいて、その役割を演じているかのようなちぐはぐな感じ。
わたしは、そんな自分に疲れたりしていました。
みんな、同じなんだろうとわかってはいても、わたしは疲れやすくなっていました。
いつもは、そんなこと考えることもなく、面白おかしく生活しているけど、
ふっと、
ある瞬間、
あれ?って思うことがある。
わたしって誰?
いちどそれが始まると、
ぐるぐるぐると果てもない問いが頭を忙しくする。
わたしは若い時から、自分探しばかりしていました。
今の若い人たちは、どうなんでしょう?
自分探しとか、やはりするんでしょうか?
じぶんを探す場所はどこだろう?
どこにいけば自分がみつかるのか?
腕を伸ばし、外へ外へ、 遠くへ遠くへ
まるで、童話の青い鳥のようですね。
自分探しと幸せさがし。
どちらも、とても身近なところに、
見慣れた風景の中に、
自分自身の中にあるのかもしれないですね。

童話の中の青い鳥は手の中から逃げてしまいます。
幸せは捕まえたと思ったら足早に逃げてしまうものだからでしょうか?
それとも。。。
いま、自分がいる場所に青い鳥=幸せがあった、ことに気づいたから。
もう、象徴である青い鳥がいなくなっても、一度自分にとっての幸せがなんなのか分かったから。
もう外を探す必要も、青い鳥の不在を悲しがる必要もない。
青い鳥はその役目を果たし、じぶんを必要としているところに飛んで行ったのではないでしょうか。