饒速日命は、謎の神としてあまり表に出てきませんのでいろいろな説がありますね。
饒速日命を祀っている神社が少ないのも疑問です。
一般的には、天火明命と饒速日命が同一人物だと言われています。
それは、籠神社の神系図に天照国照彦天火明櫛玉饒速日命として記載してるのが一因でしょう。
愛智神話では、スサノオ命(オシホミミ)とタギリ姫の子供が天火明でスサノオ(オシホミミ)とタケツ姫の子供が饒速日になり別人物になっています。
※『先代旧事本紀』では、アメノオシホミミにタクハタヒジヒメを娶り、兄ニギハヤヒと弟ニニギを産んだとされています。他方、『新撰姓氏録』においてはニギハヤヒは、天神(高天原出身、皇統ではない)、天火明命(アメノホアカリ)は天孫(天照大神の孫)とし両者を別とする。

天火明は、のちのち大国主になり、饒速日命は、のちのち大物主になります。
ですから、父親が同じなんですけど母親が違うんですね。
天火明は、大国主(役職名)でありニニギノ命となっています。
ここで、何故天火明は、ニニギノ命かと申しますと、愛智のエリアで主に一木と三木を管轄していたんですね。

一 ⇨ ニ
三 → 二
木 ⇨ 木
となりニニ木(ニニキ)と呼ばれていたそうです。
また、奥さんはヤガミ姫ですが別名伊瀬織津姫でありセオリツ姫(役職名)になっています。
よく、饒速日命の奥さんが瀬織津姫と言われていますが、天火明の奥さんが瀬織津姫になります。
ここで衝撃なのは、饒速日命が実は神武天皇だということです。
今、言われているのは神武天皇の前に、饒速日が王国を創っていたという点ですが、王国を創っていた割には、饒速日の墓が質素ということです。
奈良県生駒市の墓↓

実際、愛智神話では日本にいた民族が西イスラエル辺りに一度生活し、BC679~643に海外に出て行ったマキ・ルー族が戻ってきたと伝えられています。

ちょうど、神武天皇が即位した時期とリンクします。
それが神武東征だと言われています。(神武東征は、西イスラエル辺りに出て行った民族が戻ってきた)
アフリカが雛形として九州となっているので九州から神武東征が始まったことにした訳です。

西イスラエルから戻ってきた民族は、平和に暮らして平和ぼけしていた日本の龍の民に、毒蛇の種族が侵略しにくるぞ!と武装することを進言したようです。
そして、人代になるため、天と地を統べる統治王(天火明)が隠れ(岩戸隠れ)、国の統治を祭祀王(ニギハヤヒ=神武)に譲ることにし、愛智を隠すために扉を閉じたのです。
実際に、折戸とか織戸とか地名が残っています。

扉を逆に読むとラビト=ラビット(兎)になり、愛智を隠したということになります。
なったというのです。
饒速日は、奈良へ新しい国を創ることにしたそうです。
愛智(習)から関西に奈良を創り都を移したのでした。
ですから、人代になったので天火明を系統とする正統な系統が隠れ(岩戸隠れ)、饒速日(神武天皇)を王とする系統になったようです。
実際、饒速日は嘘のニニギになり→イワレビコ→神武天皇として初代天皇になりました。
※天火明が大国主でありニニギです。
そして架空の兄ニギハヤヒを創り、架空の兄ニギハヤヒを天照国照彦天火明櫛玉饒速日命としたようです。
櫛玉というのは、櫛に変えて髪に隠すということで神隠しし架空の天照国照彦天火明櫛玉饒速日命を創ったのでした。
しかし、実際には饒速日(神武天皇)は、イザナギの血を引いていなかったのですが、第2代綏靖天皇(ウマシマジ)の時に、天火明とヤガミ姫の子供の鈴与姫(音姫)を嫁にもらい第3代の安寧天皇が産まれイザナギの血が入って安寧したということです。
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