アマゾン・レビューは望ましくない形式になってしまったので、これからはレビューはこちらに書きます。

 

 

水木洋子が脚本で、今井正が監督です。水木さんは谷口千吉の元妻で、谷口が脚本で参加した黒沢映画『静かなる決闘』に、本作で小林桂樹の妻役を演じた千石規子が出ていた。

 

岸恵子、小林桂樹、加東大介など、役者の顔ぶれが良い。山田耕筰が本人役で出ていて豪華だなと思った。しかし、尺は長すぎ。これでも短縮版だという。

 

真面目な映画でした。

 

子供時代に発明発見についての偉人伝を読んでいたら、グーテンベルクについての漫画があった。

 

 

昔の印刷は版画のように一ページごとに文章を左右反転させて板に掘っていたが、それをうっかり落として割ってしまったところから、アルファベット一文字ごとに印字してゆく現代の印刷技術が発明されたという話で、アルファベット・チョコをオヤツとして食べていた時期であったこととも相まって、その漫画を気に入ってしまった。

 

 

さて、レナリオロギー(レーゼシナリオが現代文学の王座に就くという発想)も、「分割」からの着想という意味で、グーテンベルク的である。この場合、「分割」とは二種類ある。一つは「製作陣側における分割」、もう一つは「消費者側における分割」だ。前者を「供給者側」、後者を「需要者側」と言い換えてもよい。

 

前者については以下のごとし。普通のシナリオライターは劇団における座付き作家と同様に製作陣と一体化されている。そのような体制の中で脚本家が集団力学に翻弄される有様は、三谷幸喜の『ラヂオの時間』やウディ・アレンの『ブロードウェイの銃弾』で描かれた。これらの作品で描かれたような諸々のシガラミから自由であるためのレーゼシナリオという面がある。レーゼシナリオ作家(レナリスト)とは製作陣から分割された脚本家とも言える。

 

後者については以下のごとし。映画館に観客を集めて、とか、(ビデオ普及以前のように)特定の時刻にブラウン管の前に視聴者を座らせて、とかの供給体制においては、観客とは、一丸となった集団の中の一人である。「今日のオーディエンス(読者・観客・聴衆)が明日のクリエイター」というのは、私の少年時代でも小説や漫画やポップ・ミュージックの世界では当たり前のことだったが、脚本家というのは違った。極端に言うなら世襲が当然の歌舞伎役者のようなもんで、その喩えは大げさとしても何らかのコネが業界に無いとなれないものというイメージであった。実際、向田邦子、山田太一、倉本聰などのビッグネームはやはり放送業界に入った後にやっと個人名が注目されシナリオも書籍化される「個人主義的」脚本家になった。橋本忍、菊島隆三などの映画脚本家は、上記の放送作家系の三羽烏よりももっと「座付き作家」性が強い。また、城戸賞受賞者のプロフィールを見たらほとんどが一都三県か京阪神地域の出身者か在住者だった記憶がある。これも、業界コネクションの問題と関係あるだろう。ところが、ビデオ普及(=ホームシアター化)以降の供給体制だと、小説・漫画・ポップスのクリエイターと同じような感覚で脚本を書く人が増える可能性が高まる。鑑賞したいときに自分の鑑賞したいペースで享受できる環境が広範に整備されているというのが、前述の「今日のオーディエンスが明日のクリエイター」が成立する条件だ。また、創造性とは異質なものの融合から生まれるケースが多いが、同じようなタイプの映画ばかり見ている人より、色んなタイプの映画を見てる人のほうが異種配合が活発に起こりそうなのは言うまでもなかろう。その点でも映像劇の「個人向けメディア」化は「個人主義的」脚本家を活発に生みやすい環境変化だと言える。なぜなら、選択肢が増えるからだ。不便な環境なら似たようなものしか選ばなくなる可能性が高まるからだ。ともあれ、現代においては(作家予備軍である)顧客が集団(≒大衆)から分割されているということであり、これがレーゼシナリオが台頭する背景・条件になる。

 

そして、「分割」とそこから発生する「新結合」は、供給者・需要者をつなぐ流通の場にも起こるだろう。脚本家から製作陣、製作陣から観客へ、という方向だけでなく、脚本家からダイレクトに読者へ(このとき脚本家はレーゼシナリオ作家になる)という方向性、読者有志がクラウドファンディングなどを使って資金調達して製作陣に委任するなんていう可能性も生まれてくるだろう。というか、すでに、ある程度はそれに近づいている。ケータイ小説から映画とか(Deep Love)。マンガからクラウドファンディングで映画(この世界の片隅に)とか。

 

↑実際に、クラウドファウンディングで資金調達して絵本を製作して売った芸人の本。その後絵本を原作として映画まで作った。その行動力には感服する。

最近、本ブログで、「メルトクォーター」とは1967年から1992年くらいまでのアメリカ映画のことだと定義した。そのエントリーで「心のベストテン映画」はその後半に密集しているとも書いた。それ(1979年から1992年くらいまでのアメリカ映画)にも名前を付けてみよう。それが「ポストニューシネマ」だ。ニューシネマと言ったら、『卒業』『俺たちに明日はない』の1967年から『タクシードライバー』の1976年あたりまでか。それ以降のものだから「ポストニューシネマ」。

 

「ポスト‐」という接頭辞には「次の」という意味と「後期」という意味があるそうで、美術界では後期印象派を「ポストインプレッショニスト」という。まあ、映画のほうでもデ・ニーロ、ニコルソンなどの面子は変わってないのだから、「後期」というほうの意味でもいいよな。

 

 

ニューシネマの代表作だったら上記の諸作品とか『明日に向かって撃て』『スケアクロウ』あたりになるんだろうけど、ポストニューシネマの代表作で一つ上げろと言ったら、↑『ホテル・ニューハンプシャー』だな。性や暴力や差別などへの表現基準が(急進的というほどでもなく)程良くバージョンアップしてるところが「ニューシネマの次」という感じがするとか、『タクシー~』のジョディが成長した姿を見られるという点が「後期ニューシネマ」という感じがするとか、『ラスト・ショー』に出てて「遅咲きのニューシネマ俳優」という感のある(←オスカーを受賞した今世紀製作作品『クレイジー・ハート』でやっと代表的主演作に出会ったから)ジェフ・ブリッジズの兄ボーまで出てることなどが推薦理由だ。後のアメリカ映画に明らかな影響を与えてるし(ウェス・アンダーソン監督『ザ・ロイヤル・テネンバウムス』)。

 

 

で、これ↑が後期印象派の代表的画家であるゴーギャンの作品。

 

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14183414649?__ysp=44Os44OT44Ol44O8IOS4gOimpw%3D%3D

知恵袋の↑でも言われてるけれど、アマゾン・レビューが一人のレビュアーのレビューを1ページに10件づつ表示していたのを止めて、妙な改悪的レイアウトを採用しはじめた。

 

小谷野敦さんやかつての山形浩生さんのように実名で書いて多くの人が参考にしている人気レビュアーや、匿名でも人気のある御意見番的レビュアーや、レーゼシナリオに興味を持つ私のようにあるテーマを持ってレビューを書き続けているレビュアーもいるだろう。そのようなレビュアーのレビューはやはり「作家性」を帯びてくるわけで、全レビューを目次のように一覧できるほうが良いに決まっている。ところが、このたびの改悪はそれを不可能にしてしまったのだ。アマゾン・レビューまでも、「名無しさん」が並ぶ「2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」のようになってしまった。

 

このような状況にどう対応すればよいか?エントリー・テーマに「アマゾン・レビュー」という項目を作って、暇をみつけては10件ずつタイトルだけを並べてアマゾン・ページにリンクさせていけばよいのではないか。で、やってみた。

 

1、サンダーボルト [DVD]

 

 

写真は、天下の萩原朔太郎である。

 

小説中心主義の近代日本文学界で詩人と言ったら、戦前は朔太郎で戦後は谷川俊太郎を挙げれば十分なんじゃないかというくらい際立った存在感(作品はともかく)。個人的には同郷同姓で名前も弟みたいだが実はそうではない萩原恭次郎のほうが好きだけど。若い頃の園子温は詩人で、「ジーパンをはいた朔太郎」との異名をとったこともあるが、本人は恭次郎のほうが好きらしい。

 

1937年(昭和12年)に朔太郎が『文学としてのシナリオ』という論稿で書いた「映画に附属する下書き様のものでなく、それ自身で完成された文学であり、且つ文学自身の中に、一巻の映画をイメージさせる」という一文は、そこで評価されている北川冬彦の著作のようにレーゼシナリオという語こそ全く出てこない(そもそも、その語を知っていたかどうかも分からない)が、結果的にはレーゼシナリオの最良の定義になっていると思う。つまり、彼もまた、北川に勝るとも劣らぬ「初期レナリオローグ」なのだ。その意味で彼は私の先輩だ。

 

詩人、作家としての彼はあまり好きではない。代表作の『青猫』より『遺伝』の「いいえ、子供。犬は飢えているのです」なんていうところが妙に記憶に残っている。『猫町』という短編小説は『アタゴオル~』以前のますむらひろしっぽいけど別に面白くなかった。バート・ランカスター主演の映画『泳ぐひと』の邦題は、朔太郎の詩から取ったな。原題『Swimmer』なら、1968年当時の日本でもスイマーと訳してもよさそうなものだし、日本語でやるにしても「人」と漢字で表記するほうが普通だろうから。その映画の縁でその詩も読んでみたけど何も感じなかった。何はともあれ、俺は彼のあの顔が好きじゃないんだ。イケメンと言われることもあるようだけど、「不愉快な知人」によく似ていて、見てると気持ち悪くなっちゃう。そのツラだけは勘弁してください、先輩。

 

前掲の論稿『文学としてのシナリオ』のなかで、朔太郎は北川とともに芥川龍之介の作品も評価している(もちろん『浅草公園』と『誘惑』)。朔太郎郷里の文学館で、芥川と朔太郎についての企画展が催されている模様。

 

 

37歳~文学論の適齢期

 

1924年生まれの吉本隆明が『言語にとって美とはなにか』を『試行』誌創刊号に発表しはじめたのが、1961年だった。1941年生まれの柄谷行人が『日本近代文学の起源』の第一章を『季刊芸術』に発表したのが、1978年だった。つまり、両者とも、37歳になる年の出来事だ。

 

1867年生まれの漱石の『文学論』が刊行されたのは彼が40歳の1907年だったが、構想されたのは英国留学中の34歳のときだったという。構想年と発表年の中間点はやはり37歳。1903年から1905年まで(36歳から38歳まで)の講義を元に作られた本だというから、その中間点も37歳。

 

そして・・・

 

 

65歳から75歳~組織論の適齢期

 

1909年生まれのピーター・ドラッカーが『マネジメント』を発表したのが1974年あたりで、65歳になる年。もうひとつの代表著作である『イノベーションと企業家精神』を発表したのが1985年の5月で、彼は11月生まれだから、まだ75歳。

 

左派とか右派ってのは最近のネットだと政治と経済では分けて考えるようで、「政治左派」とか「経済右派」なんてよく見かける言葉になった。当然、ドラッカーはビジネスマン向けのダイヤモンド社から本を出してるくらいだから大まかには「経済右派(自由主義、資本主義容認派)」だ(自由市場を信奉するが資本主義には懐疑的だ、との発言もあったが、あくまで大まかには、の話)。ドラッカーは経済右派の「分権組織論」者だ。経済左派(社会主義、資本主義懐疑派)の分権組織論者として再び柄谷行人を挙げたい。柄谷がアソシエーション(=分権組織)論を含む交換様式論の最初の著作である『世界共和国へ』を発表したのは2006年で、やはり65歳になる年。実質的にはまだ続行中のようだがアソシエーション論を中心に据えた「交換様式D」論である『Dの研究』の『atプラス』誌における連載を終えたのが2016年だから、こちらも75歳になる年。

 

私も、組織論に関心の重点を移すのは、この年頃になるだろう(その頃まで生きていればの話だけどなw)。

 

『夢の中へ』 井上陽水
『探してるのにぃ』 フェアチャイルド(タレントのYOUがボーカルだったバンド)
『学校に間に合わない』 たま
『リモートコントローラー』 椎名林檎

 

 

無くなったモノを探すということをテーマにした曲を思いつくままにざっと並べてみたらこれだけあった(といっても四つかw)。これらは実際、そのような状況での鼻歌を元に作られた曲なのだと思う。さがしものをするときに鼻歌を歌いたくなるのは万人共通ではないだろうか。私自身も中学時代に、「たま」の石川さんと同様に(?)教科書を探している最中にメロディを思いついたことがある。椎名の曲は、「私のリモコンはどこ?」という歌詞から、自分を制御できなくなった状態を比喩的に歌ったのだろうとある雑誌のインタビュアーが気を利かせたつもりの解釈を語ったら、文字通りにオーディオのリモコンが無くなったことを歌っただけだと本人が答えていたのを読んで笑ってしまった。

 

「音楽の根源」とは意外にこんなところにあるのかもしれない。

 

橋本治が、たしか『風雅の虎の巻』という本の、芸術の各ジャンルに考察を与えた章の中で、「音楽においては、歌より器楽曲のほうが先でしょう」と、当然のことのように書いていたのに違和感を持った記憶がある。上記の「さがしもの音楽起源説」からすると、歌(主旋律)が先で楽器(伴奏)が後と言うことになる。椎名林檎は作曲時には楽器をあまり使わないとインタビュー(か、アンケート)で答えていたが、そっちのほうが(根源的という意味での)ラディカルな感じがする。

 

迷子になったときも鼻歌を歌うよなぁ。これも一種の「さがしもの」だけど。渡辺真知子の『迷い道』は歩行中に作曲したときいたことがあるが、歌詞のとおりに道に迷っていたかは知らない。

 

 

陽水の歌は、アレを押収に来た捜査員を嘲笑した歌だという解釈も(以下略)

「にゃんこスター」という男女お笑いコンビが去年の終わりから今年の初めにかけて流行ってたそうだが、知らなかった。検索してみると、もうすでに消えたとかオワコンだとかいう否定的な記事ばかり出てくる。しかし、YouTubeで「例の」縄跳びネタを観たかぎりだと、実に面白い!バラエティでのトークが致命的にダメだと言われてるが、「ジャンヌダルクならそんなイジリしない」なんていうのも言葉として面白いし、宮川花子に指さしながら詰め寄ったところなんかも不穏な感じがあって良いと思うけどな。「消えた」という判断は、地上波TV出演頻度を基準にしてるようだが、そういう時代でもないでしょう。去年か一昨年に底抜けエアライン?だかの元メンバーがYouTubeでブレイクしたわけだし。

悪評は「逆ステマ」の可能性もある。つまり、お笑いタレントというのはあまりに持ち上げすぎるとホメゴロシになっちゃうので、味方側がワザとクサしているのかも、ということ。私もこのコンビには末永く活躍してほしいから、メディアが天才扱いしてないのはむしろ喜ぶべきことかもしれない。

「アンゴラ村長」という、女のほうの芸名が絶妙。お笑い界でも、モリマンみたいのはともかく、そこそこ可愛い女や美人に冗談ぽい芸名というのは、少ない(ブス三人の森三中でも普通の名前だし)。関西の「ハイヒール」も、モモコとリンゴという女らしい芸名だし。古川りかという二の線の女優が一時「古川理科」で出てて、お笑いでもないのに何でこんなことするんだろう?と思ってたら、元に戻った。何界であれ、女に冗談ぽい芸名というのは合わないんだよ。そんな中で「きゃりーぱみゅぱみゅ」は、かなりの冒険だと思う。女落語家で「春風亭ぴっかり☆」なんていうのも、トンでるように見えて、まあ保守的だな。可愛らしいもん。「アンゴラ」はアンゴラうさぎから取ってるんだろうから、その部分はまあ可愛いけど、女の芸名で「村長」ってのは、かなりのチャレンジだろう。ホルスタインモリ夫とか種馬マンっていうのは「場外」。ちびまる子ちゃんを吹き替えした声優でTARAKOさんていうのがいたな(さくらももこさんご冥福を祈ります)。これもチャレンジっぽいけど、確かこの人はシンガーソングライターが本業で、音楽界だったらイルカとかCHARAとかけっこういるし、アリだと思わせる。後述もするけど音楽界は軽やかな世界だから、ちょっと違うのだ。(舞台女優の犬山犬子を忘れてた!この芸名、最高!!)

村長は大学の卒論が「ビートたけし論」だったという。コマネチやってる動画もあったし、水道橋博士とたけし軍団に入るのどうのと話している動画もあったし、たけしカルトQみたいな企画のクイズ番組にも回答者として出場したらしい。でも、それらのこととはあまり関係なく、私はこのコに「女版たけし」を感じる(むかし山田邦子が週刊誌で『女たけし』と書かれていたが、当時同じ太田プロ所属だったっていうだけだろ?全然違うよ) 。むろん村長はたけしのように毒舌でも暴力的でもないが(大学時代の他の相方との漫才の動画を見たら、スタバで気取ってる客をボコボコにするとかいう毒舌漫才だったけど、まあ、それを今ウリにしてるわけではない)、投げやりな感じや不穏な感じがテレビ界進出当時(1980年代初頭)のたけしっぽい。

椎名林檎がデビューしたとき(1998年)にSPA!誌の記事で、中森明夫が『丸の内サディスティック』の歌詞を評して、『勝手にシンドバッド』の頃(1978年)の桑田佳祐が女になって二十年後に再来した、というような意味のことを書いていた。音楽界は聴覚だけの世界で軽やかだから進化が速い。サザン・デビューから女版クワタが出てくるまで20年ほどであった。演芸界は視聴覚系だから重くて進化に時間がかかる。「ビートたけしが女になって再来した」と言えるまでに40年弱もかかった。

いっぽう、椎名林檎は、Mステで「桑田さんは私の憧れの人でした」と過去形で言ったことをツッコまれたり平井堅と『シャララ』をデュエットしたりして桑田の影響下にあることを明かしたが、べつに世間で桑田チルドレンという風にも思われていない。それ以外の要素も充分にあるからだ。村長のほうも、縄跳びネタのような、台詞が少なくてアクションが中心の笑いなどというのは芸人たけしはそんなにやってない(監督した映画のほうは寡黙だけど)から、ぜんぜん違うといえば違う。でも、そのオリジナリティの中に、たけし的な要素が自然に受け継がれていると思う。

相方のスーパー3助については何も触れてこなかった。声がデカくてウザいと言われてるけど、相方を面白く見せることに徹している良いツッコミだと思う。「縄跳びネタ」はどう見てもプロの芸だ。素人による「たまたまウケた天然一発芸」ではない。

 

そんなこと書いてるマル季の肩書は・・・・レナ・オリン、ローグもとい、

レナリオローグで~す。(現在形!?www)

 

レーゼシナリオのシンボル宮本隆良は、3助にちょっと似てる?