本ブログのエッセンス(必要不可欠要素)を、三つにまとめるとすると以下のようになる。

 

*文学的

*映画的

*社会思想的

 

柄谷行人が『日本近代文学の起源』で言う近代の「認識論的布置」(=中村雄二郎の言う『共通感覚』=精神病理学者兼現象学者ブランケンブルグの言う『自明性』)は、小説(を中心とする近代文学)と不可分である。それに対して、私は、「ポスト近代」(=現代)の認識論的布置はレーゼシナリオと不可分だと言いたいのだ。これが冒頭に掲げた「文学的」エッセンスだ。

 

1990年代≒平成時代以降のレンタルビデオ普及(=ホームシアター化)は、そのような文学的変化をもたらした原因であり背景である。「映画的」エッセンスとはそういう意味だ。

 

各時代におけるドミナントな文学形式およびそれが作り出す認識論的布置(=共通感覚=自明性)は、各時代におけるドミナントな交換様式(=カール・ポランニーの言うTransaction)と不可分に結びついている。ポスト近代=現代社会で勢いを増しつつある交換様式の名前はまだ無いが「分権的組織社会」の言い換えのようなものであり、それを「左から」見たのが「柄谷アソシエーショニズム」だが、「右から」見ると「ドラッカー経営学」になる。「社会思想的」エッセンスがドラッカーの伝記についてのページとリンクしているのはそういう理由からだ。

 

平成時代にちょっとでもティーンエイジャー(十三歳から十九歳)だった時期がある人のこと。

 

https://jpnculture.net/shingengou/

↑ここの記事によると、来年の4月30日までが平成時代だという。その日に十三歳の誕生日を迎える人は該当者だ。平成元年は1月8日から始まったからその日に二十歳になった人は該当しない。

 

ゆえに、「平成ティーンズ」とは、1969年1月9日生まれから2006年4月30日生まれまでの人のことを指す。

 

レーゼシナリオの主要客層になるのはこのあたりか。ちょっと前のエントリーで述べたけど、平成時代とは「ホームシアター化の時代」だった。見たい映像劇を見たい時に見たいペースで見ることが可能になった時代だ。今後メディアはもっと便利になってゆくにきまってるが、レンタルビデオ屋(のリアル店舗)こそがそのステーションだった時代に多感な青春時代を送った人たちが、私が想定する「主要な読者層」だ。

 

アメリカでは数年前にリアル店舗は消滅したが、日本では減少が始まりつつあるものの、まだ程々には健在だ。

 

 

これから来るであろう、映像のオンライン化が当然の前提となった世の中では、1980年代のウォークマン普及時に環境音楽(アンビエント・ミュージック)が流行ったように、「わざわざ注視して身構えて鑑賞する」というのとは違うような映像劇の享受の仕方が出てくるだろう。「アンビエント映像劇」とでも呼べるような代物だ。タルコフスキーなんかが先駆者と呼ばれているかもしれない(笑)。軟派なラブコメ漫画全盛期の1980年代に漫画家・小林よしのりが編集者に「あんたの時代は終わったんだ。もう胸倉つかんで読め!と迫るような漫画の時代じゃない」などと言われたらしいが、その種のことが映像劇全般に関して言われるようになる日も近い。しかし90年代に入ってからもべつに環境音楽しか聴かれていなかったわけでもないし、80年代末には小林も「胸倉つかんで読め!と迫る」ような『おぼっちゃまくん』で再起した。メディアが進化しても旧スタンダードはそれなりに残るということだ。しかし確保しておくべき客層というのもあるはずで、それが「平成ティーンズ」だ。最年少の平成ティーンズが平均寿命間近の八十路になるのが2086年だから、レーゼシナリオ市場はしばらく安泰ということか?甘いw?

 

(追記) もちろん、「ゲーム脳」と呼ばれるような人たちも増えてきてるわけで、インタラクティブでネットワーク的なメディアでなければ退屈で我慢できず、受動的に1~2時間続けて映像劇を観るのすら苦痛という層もすでに一定数いるであろうが、前世紀を振り返ってみるなら、テレビが普及した後もラジオ聴取者はいたわけだし、ラジオには出るけどテレビには出ないミュージシャンのほうがカッコいいという価値観もあったことを想起されたい。ゲーム原案文学については前に書いたことがあったが、少なくとも今世紀半ばあたりまでは19世紀から20世紀にかけて小説が文学の王座に就いていたようにはメジャーになれず、まだまだアヴァンギャルドな形式にすぎないであろう。坪内逍遥が『小説神髄』を書いたのが1880年代半ばで、私が『レナリオしんずい』を書いたのがその120年後の2000年代半ばだから、「ゲーム文学の時代」が本格的に始まるのは2120年代半ばあたりか。その頃には自然言語とプログラミング言語の相互浸食も起こって、創りたいゲームのヴィジョンを語る(書く)行為とプログラミング行為との間にほとんど距離は無い、という感じになっているかもしれないが、それが具体的にはどのような現実なのかは想像もできない。

 

(さらに追記) http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/book/1533911662/27-33

5ch(元2ちゃんねる)にアンチ・スレが立つようになったから、レーゼシナリオも事象として一人前だな。レス番号27から33あたりまでに書いてあることが、ゲーム原案文学とレーゼシナリオの今世紀における配置についての妥当な考え方だと思う。

『フロリダプロジェクト 真夏の魔法』は『泥の河』の影響がありそうだと気づいたことから、思いついた三組。矢印の左側が影響を与えた側で右側が受けた側(すでに1は間違いが発覚してるけどw)。

 

1.アラジン『完全無欠のロックンローラー』 → サザン『ビッグスターの悲劇』

2.北野武『HANA-BI』 → 古谷実『ヒミズ』(もちろん原作漫画のほうだけ)

3.ヴェンダース『ベルリン 天使の詩』 → ビル・マーレイ主演『恋はデジャブ』

 

なんて、どうでしょう?

 

(追記)調べてみたら、アラジンのほうがサザンより後だったのか!記憶違いでした。アラジンはスネークマンショー(伊武雅刀が矢沢の真似してYMOはイモと言う、バンド物のコント)から着想を得たらしい。サザン(桑田佳祐)も(小林克也つながりで)スネークマンが好きだったはず(たしかラジオで『こなさん、みんばんは』なんて言っていたし)だから、両方ともここからの影響か(ホントの源流は矢沢永吉だろうけど)。

 

(さらに追記) 2について。ラストシーンが酷似している。男のほうが犯罪者であるカップルが警察を待たせておいて最後のひと時を過ごし、拳銃自殺で犯罪者が死ぬ。前者の題が「花と火」を意味しているなら、後者は「火と水」だ。

 

3の共通点は、倦怠する傍観者が恋をすることによって生きる意味を見出すというあらすじ。ブルーノ・ガンツとマーレイは風貌もちょっと似てるような気がする。実際、この映画のハリウッド・リメイク『シティ・オブ・エンジェル』についてマーレイが主演すればよかったのに、と書いたブログがあった。https://dvd-diary.blog.so-net.ne.jp/2010-07-05

 しかし、マーレイがやるべきだったとされているのは、ガンツがやった役じゃなくてP・フォークの役でしたね。

 

『フロリダプロジェクト 真夏の魔法』を観た。

 

 

大人の世界は厳しいけど子供たちから見た世界はキラキラしている、みたいなことを描いた作品だという前評判を聞いていたが、火事が起こってヒロインと坊やが遊べなくなってからは、大人目線がほとんどなのでちょっと拍子抜け。時間を計ったわけではないが、子供目線の世界は尺全体の三分の一か四分の一くらいまでで、残りは大人目線という印象。これを撮ったベイカー監督も参考にし批評で引き合いに出されることも多い是枝監督の『誰も知らない』は全部子供目線で、こちらの方は大人に比べて一日が長い子供の時間感覚に全編付き合わされるのはシンドイと感じたから、この手の映画では子供目線と大人目線が半々くらいの時間配分が最適なのではないかと思った。

 

期待ほどではなっかたけど、もう一度観てみたいとは思った。やっぱり主役の母娘を演じた素人二人は素晴らしい。ウィレム・デフォーは、『恋はデジャブ』のビル・マーレイが「倦怠する賢者」のシンボルとして『ロスト・イン・トランスレーション』に再登場したのと同様に、「無力な聖者」としてスコセッシ監督の『最後の誘惑』から本作へと再登場したのだと思う。

 

 

私も昔ディズニーランドの近くに住んでました。真夏は毎晩花火が打ち上げられていて、浦安市民にとっては毎晩が花火大会だなと思った。この映画の登場人物と違って私の方もバブリーな生活をしてけど、心は貧しかった。

 

 

ラッパー宇多丸による本作の批評に、ラストにヒロイン(娘のほう)が「ああ、私の子供時代、少し早く終わるみたい」と気づいて泣く、みたいな表現が出てきたが、私にもそんな瞬間があった気がする。

 

 

第一声が2006年(戌年)五月だから。

 

コメント欄も読んでほしいワン。

 

(追記)「ほぼ一周」というのはホントはオカシイな。戌年から次の戌年になったら、そこで既に一周だもんな。

 

昔、このブログのこのテーマ枠で、ニューシネマ元年(日本でいう映倫に相当するヘイズ・コード撤廃の年)の1967年からタランティーノ監督デビューの1992年までの25年のアメリカ映画を「From American New Cinema Until Tarantino's debut」の頭文字を取ってFANCUT(ファンカット。淀川さんや小森のオバちゃまみたいな熱狂的な映画愛好者つまりファンとは一線を画するクールな観客のための映画、というようなニュアンスを重ねたはず。なぜSinceじゃなくてFromなのかも説明した気がする)などと総称したことがあったが、同じことを表すための、もっと良い名前を思いついた。


その25年はほぼ冷戦後期の四半世紀だから、メルトウォーター(meltwatar 雪解け水)をもじってメルトクォーター(meltーquarter)というのはどうか。冷戦終焉は1990年とされることも多いがソ連という国が正式に終わったのは1991年だし、1990年以後の2年はまあ余韻みたいなものと考えようw。1968年革命と呼ばれるムーヴメントの有効期限も大体この区切りと同じだろう(最初の一年を除けば、柄谷行人と中上健次の出会いと別れの時期とも重なる。柄谷は、中上の死んだ1992年を、小説中心主義的な近代文学の終わりと見なした。ついでに言うと、ダリウス・ジェームズが『ニグロフォビア』を発表したのも1992年)。「ファンカット」とやらよりこっちのほうが世相との連動を見出しやすい、つまり社会性があるネーミングだろう。

 

実際、最後の年1992年に公開された『ラブ・フィールド』(ミシェル・ファイファー主演、ジョナサン・カプラン監督、ドン・ルース脚本)には、ボーダレスなどと言われた時代ならではの表現がごく自然に出てくる。東西だけではなく様々なボーダー(境界)が溶解したような気分があの頃あった。アメリカ国内には人種ボーダーの問題があり、1970年代製作の映画だったら、いや1980年代製作であっても、この手の映画のラストは白人女性と黒人男性の別れのシーンで終わっていたと思う(ケネディ暗殺があった1960年代を描いた作品だから)。ところがここでは白人女性は戻ってくる。これは、まさに「雪解けの四半世紀」の最後を飾るエンディングでもある。あのラストシーンは、あそこだけ時間の設定がどこかに飛んでしまって、ファイファーが冷戦終焉の吉報をカー・ラジオで聴いて戻ってきた、という風にも見えるのだ。

 

 

このブログは文芸を話題の中心に置いたブログだというのが当初(12年前。とうとう干支が一周した!)から目指していた方向性だったので、映画の話題を連発するのは抑えてきたつもりだったが、ここ数年はそのコダワリも消えてきた。でも、テーマ別の記事数を見ても「レーゼシナリオ>映画」になってるだろうし、他の文芸テーマも合わせて2ちゃんねる(今は5ちゃんねるか?)風に言えば「文芸>>>映画」程度か。「(超えられない壁)」とまでは全く言えないがw。

 

上記の理由から「好きな映画ベストテン」というようなアリガチな話題も控えてきたが、ここらで解禁しよう。オザケンとスチャダラパーのブギーバック風に言えば、「心のベストテンはこんな映画たちだ・・・」。前世紀末頃からそれは不動不変であり、それらの映画の公開年はここで定義した「メルトクォーター」に密集している。それも特に後期(1979~1992)にだ。次点の『ファントム・オブ・パラダイス』以外は全部その域内だ。

 

一位 モダーンズ (1988)
二位 ブロードキャスト・ニュース (1987)
三位 キング・オブ・コメディ (1983)
四位 ブルースが聞こえる (1988)
五位 ラブ・フィールド (1992)

六位 ヘザース (1989)
七位 クライム・オブ・パッション (1984)
八位 アルタード・ステーツ (1980。1979とする説あり)
九位 ホテル・ニューハンプシャー (1984)
十位 ガープの世界 (1982)

次点 愛と追憶の日々、ファントム・オブ・パラダイス

 

このベストテンはその後映画を観るときのモノサシになってきた。実は、その後観た作品の中に、この十本を超えた作品もあるのだ。しかし、超えられても、このベストテンは絶対に変動しない。メートル原器が変形しないのと同様に。

超えた映画は、洋画で言えば、つい最近観た『女神の見えざる手』、古風なメロドラマに現代性を吹き込んだ『エデンより彼方に』、ジェフ・ブリッジス出演の『クレイジー・ハート』と『シー・ビスケット』(いずれもアメリカ作品)、邦画だと『愛のむきだし』『桐島、部活やめるってよ』『リンダリンダリンダ』『リアリズムの宿』あたりか。上記の「心のベストテン」が一種の原器となって、これらの映画が1より大きな数字で表される。個々の作品についての具体的な数字は言いません。上記のベストテンの「感銘」の平均値をメルQから取った「melq」という単位にして、『愛のむきだし』は例えば1.7melqという風に数値化するのもよい。1melq以上の作品に今後何本出会えるだろうか。

 

(追記)https://melq.jp/about.html こんなのあった。こことは無関係。

病床から復帰した田村正和が『眠狂四郎』最近作のロケでレポーターのインタビューに答えているワイドショー映像がウェブ上でも見られる。「キャリアの最後を飾るような仕事をね・・・したいと思ってね・・・」などと言っている映像だ。これは衝撃的だった。しばらく見ないうちに随分老け込んだな~と思った。映像に目が慣れてくると、ヨボヨボした喋り方は若い頃からのものだし、「ズバリそれだよ、うまいこと言うね!」みたいなノリでレポーターに人差し指を向けるポーズをとる洒脱さは健在だが、額は後退していた気がする。正和さんは、たしか昭和18、19年あたりの生まれだったから年齢は70代半ばか。

去年、近所で開かれたある催し物に「A級コピーライター」の糸井重里が来た。「生イトイ」を見たのは初めてだった。彼も今年70歳だという。70歳といえば一昔前なら平均寿命ですぜ。「若者たちの神々」(こういう表現の語感そのものが時代がかってはいるがw)にカテゴライズされていた人が「寿命」だってさ!彼は昭和23年(西暦1948年)生まれだ。いわゆる団塊の世代、全共闘世代で、村上春樹、橋本治と同年で、北野武より一歳下だ。この世代も年齢的には私よりだいぶ上の世代だが、戦中、戦前生まれの人たちとは違って、感性的には地続きだと思う。私は、彼らの表現を受容して育ったからだ。

 

以上のような話を書いたのにはワケがある。このブログでも何回か予告した「最後のレーゼシナリオ論」「(レーゼシナリオ論としての)とっておきのネタ」あるいは「FCUP理論(不活腑理論)」などと称した一稿(または一考)を、(断絶を感じない)糸井や北野よりは上の(断絶を感じる)世代、つまり田村正和あたりからそれ以上の年齢層に読ませることを念頭において構想していたのだが、彼らがもう高齢であるどころか中には寿命である人もいると気づいてしまったために、発案当初のモチベーションが消えてしまったことを告白せねばならなくなったからだ。

 

「FCUP理論」というのは、要するにこういう仮説だ。ヴォネガットの『スラップスティック』のようなフラグメント(fragment、断章)形式をF、プイグの『蜘蛛女のキス』のような会話(conversation)形式をC、アゴタ・クリストフの『悪童日記』のようなハードボイルド(情緒を排した、unsentimentalな)文体をU、オースターの『幽霊たち』の地の文のような現在(present)時制をPとし、各々に対応する(作家の)心理状態を小文字 f、c、u、pとしたとき、レーゼシナリオはそれらが同時に起こった(f+c+u+p)なる心理状態のときに書かれるものだ、とする仮説である。とりあえず和算記号で表したが積算記号でもよかろう。上記の四作品は20世紀後半(というより、ほぼ最後の四半世紀)に書かれた「現代世界文学(極東の島国でさえも訳されて文庫化されている文学)」と言えるだろうが、これらのような作品群が話題になる時代というのは上記の四文体(F、C、U、P)に対応する心理状態(f、c、u、p)に波長が合う読者がいるからで、それはそのような心理状態を人間たちに強いる社会構造があるからであり、その社会では一人の人が同時に上記の四種の心理状態に陥ることもあるかもしれず、そのような人たちがレーゼシナリオを書いたり読んだりするようになるのが、上記四作品が書かれた時代に続く21世紀である。以上この段落で述べてきた仮説は、「ビデオが普及してホームシアター化が進んできたから、その影響を受けて、文学界にレーゼシナリオの時代が来る」というような環境的要因(外因)による説明を排して、内因(人間の心理状態とその表象としての文体との関係)だけで「レーゼシナリオ時代到来の必然性」を説明しようと試みたものであり、それは(ホームシアター化を当然の前提にしているような)若者たちのためのものではなく、かといって、映画を含む米国ポップカルチャーの洗礼を受けてきたであろう全共闘世代(気がつくと、かつての平均寿命であった70歳になっていた世代)でもなく、後者よりも上の世代のためのものであった。しかし、その構想は、残念ながら用済みになった。無かったことにするのも勿体ないので要約してここに記す。

 

(追記) 上記四作品は「ポストモダン文学」などと分類された物も含む、どちらかというと「ナウい」小説群であり、今の高齢者たちが読んだのか、という問いもあろうが、大正(西暦1920年代)生まれの故・吉本隆明(今生きていれば94歳くらい)がカート・ヴォネガットに言及した文章(ヴォネガットのルポかエッセイのようなノンフィクションへの批評文のなかで、彼は優れた小説家だがボクシングの体重別階級に喩えればヘビー級じゃなくライト級だとか、そんな感じのことを言っていた)や西暦1930年代生まれの蓮實重彦(御健在で82歳くらい)がポール・オースターに言及した対談(金井美恵子との、淀川長治についての追悼対談で、淀川さんがアンアン誌上の評論で最後に扱った映画がオースター監督の『ルル・オン・ザ・ブリッジ』だった流れで、金井と一緒になってオースターは小説家としては二流だとかなんとかかなり貶していた)を読んだことがある。これらの人たちはヴォネガットやオースターが日本で話題になった頃(前者が1980年代、後者が1990年代)に還暦を迎えたくらいの感じだから、文学に関心が強く気が若く頭の冴えた人なら充分に有り得たと思う。

 

(さらに追記) 日本でヴォネガットが話題になったのが80年代というのには異論もあろうが『吾が魂のイロニー』という研究読本が北宋社から出たのがその頃だから、その辺を基準にした。オースターが日本で話題になったのが90年代というのにはあんまり異論はないだろう。彼が脚本を手がけた映画『スモーク』が公開されシナリオも新潮文庫から出版され、翻訳家・柴田元幸とセットになって巷を賑わせていた(笑)のは記憶に新しいと言ったら言い過ぎだろうけど古くもなかろう。

 

 

今年に次の元号が発表され、来年に今上天皇が退位するらしい。平成時代とは、ホームシアター(個人がマイペースで映像劇を享受できる環境)に接する機会が、「平」等に「成」った時代だと言えよう。不敬だけど、その時代の始まりからレンタルビデオ屋の繁盛があったものね(笑)。アメリカではレンタル店は消滅しウェブ配信が主流だという。

 

『イカとクジラ』で有名なノア某監督は、映画館を通さずにネットだけで発信した作品でカンヌ映画祭にノミネートされた。

 

NHKの船越英一郎と美保純が司会の昼番組で、ホームビデオの歴史を特集していた。アラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』のソフトが10万円した時代(昭和)があったと言っていて、ああ、そうだったと思った。