児童番組のシナリオやライトノベルで有名。ある年代の人は名前くらいはどこかで見知っているはず。
通信添削のシナリオ講座で北川冬彦に指導されたことがあるとか。http://2323.la.coocan.jp/homepage/sakusaku/6_1.htm
このエントリーのジャンル名は、「自由党と山本太郎となかまたち」のもじりのつもりだったのだけれど、今だったら「北川冬彦とれいわ新撰組」とでもすべきか?w
児童番組のシナリオやライトノベルで有名。ある年代の人は名前くらいはどこかで見知っているはず。
通信添削のシナリオ講座で北川冬彦に指導されたことがあるとか。http://2323.la.coocan.jp/homepage/sakusaku/6_1.htm
このエントリーのジャンル名は、「自由党と山本太郎となかまたち」のもじりのつもりだったのだけれど、今だったら「北川冬彦とれいわ新撰組」とでもすべきか?w
「れい」が付いたらイイなと思ってたので、こいつは春から縁起が良いや、という感じ。
けっこう前だけど、レーゼシナリオの略称は「レーシナ」で、ト書きがスタッフ&キャストに対する指令で、セリフは「科白」とも書くから、指令の「令」と科白の「科」で「令科」なんていう当て字はどうだろう、などといってた時期もあったな。今はレーゼシナリオの漢字表現としては「離像」を推奨してるけどな。
日本におけるVOD元年は、2015年だと言う。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45457
アマゾンプライムビデオやネットフリックスがだいたいこの年と前後して一年くらいに開始されてるようだ。エジソン、リュミエールが活動写真を発明したのが、その約120年前である。日本と世界の関係に目を瞑れば、活動写真の歴史に、120年=一周期説が当てはまる。
平成とは、VHSレンタル普及に始まってVOD普及に終わる時代区分だったと言えよう。
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松たか子が客演する序章は素晴らしい。主人公の性格が一発で分かる。松のサバサバした感じも良い。
エミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』は、特殊な地域の奇妙な集団を描いているようで、実は私たちの住んでいる世の中の縮図、国家の縮図を提示していると思わせるところがある。本作で描かれている右翼団体も、非エリート人間どもが所属している組織など、映画的デフォルメを抜けば、どこもこんなものなのではないかと思わせる。この種の隠喩的な手法を、山下&向井コンビはすでにデビュー第二作『ばかのハコ船』でやっていた。私はかつて、彼らの先輩の熊切監督の『ノン子36歳(家事手伝い)』のアマゾン・レビューで、「空転する夢エネルギー」の象徴として『ばかの~』の「赤汁」を捉えなおしたことがあった。
『Let it go』はカラオケの定番らしく、それを歌った松たか子(=ある意味、カラオケ文化の象徴)にカラオケを歌わせるというのは、豪華だな。上に記したような山下的な世界観がメジャー化した証左でもあろう。そう言えば、松たか子は『アンダーグラウンド』好きって言ってたような記憶がある。上映当時まだ若いのに渋い好みだなと思ったものだ。ブレヒトの『セチュアンの善人』に主演したこととか、西川美和監督の主演作の感じとかから察するに、本作序章のようなサバサバと男っぽい感覚なんだろうな。
本作は山下(&向井)的世界観の先見性を再認させる一方で、デビュー20年くらい経つ彼らのいまだ残る素人くささをも浮き彫りにした。主人公は色んな脇役たちと絡むから色んな色合いが出せるが、例えば荒川良々が右翼の上司たちや主人公の弟に応対するときにどんな感じか、康すおん演じる上司と娘が二人だけの時はどんな会話を交わすのか、など、他のキャラの色の多様な明度と彩度も見せてほしかった。百分台ならやらなくてもいいけど二時間を超える尺ならそれも必要だろう。要するに脇役たちのそれぞれがみんな一本調子に見えたということ。「出落ち」的というか、最初に出てきたときの印象がそのまま続いて変わることが無い。
(追記 同年11月28日)ハロウィンが近づいてきました。この映画の冒頭はハロウィン期における松たか子のシーンから始まった。松たか子と言えば、キムタクと共演したドラマ『ラブジェネレーション』で、「(キムタクが時計を見て)俺たちがキスする時間だ」なんていうシーンが有名だ。レーゼシナリオの重要性を認めない人たちに私は東京外語大学教授のレーゼシナリオについての論文に税金が使われたことをもって対抗することがある。国民なら、レーゼシナリオ研究に税金が投入されたことが一度はあったということには、賛否はあっても無関心ではいられない。原爆投下に対して記念日が作られた(八月六日)。レーゼシナリオ研究に税金が投入されたことは、原爆投下ほどの大問題ではないから「記念秒」があればよい。反対の人たちは「(時計を見て)俺たちがレーゼシナリオ研究への税金使用について反省する時間だ」、賛成の人は「俺たちがレーゼシナリオ研究に税金が使用されたことに対する喜びをかみしめる時間だ」。
村上春樹、連城三紀彦、桐野夏生、湊かなえ等がいる。いずれもビッグネームだな。春樹には『アフターダーク』というシナリオライク・ノベル(≒レーゼシナリオ)がある。
時代小説家の和田竜は城戸賞をとったシナリオをノベライズしたらベストセラーになって小説家になったが、その後もシナリオをまず書いてから小説化していたのだという。http://www.webdoku.jp/rensai/sakka/michi143_wada/20131120_5.html
そのままレーゼシナリオとして出せばいいのにそうしない理由は、慣習的なものか編集者の入れ知恵かその両方か?金も貯まったろうから、一発くらいレーゼシナリオを発表してみればどうですか、和田さん?
(このエントリーは、テーマがレーゼシナリオであ る記事の100個目です)
たったいま知って、ビックリ。去年の夏、そろそろ『桃尻娘』シリーズの最終巻『雨の温州蜜柑姫』を読んで青春に決着をつけなければ(笑)と思いたって、読みました。虫の知らせだったのか。彼が古文・古典のほうへ行ってからは、関心が薄れていましたが、このブログやアマゾンレビューでも何回か触れたように、私が(全く先行作品を知らないのに)レーゼシナリオという形式を思いつけたのは、『蓮と刀』の「言文一致論」を読んだからだと言っても過言ではない。
1980年代に書かれた『暗野』は、90年代に流行った「殺意感染型サイコサスペンス」(『コピーキャット』『沙粧妙子』『ケイゾク』『CURE』など)を先取りするものであった。
彼は『義経伝説』という戯曲でデビューしようと思ったが、それが叶わぬため、小説『桃尻娘』を書いたのだという。映画や漫画などの「複製劇」にも詳しかったが、そこからレーゼシナリオへ・・・という道筋は思いつかなかったのだろうか。映画製作用シナリオを書籍化した『桃尻娘プロポーズ大作戦 』という本はあって、そこに、伝説の低視聴率打ち切り番組『ピーマン白書』のシナリオも収録されている。
↑イラストレーターとして、こんな仕事も手がけてたんですね。浮世絵風のばかりだと思ってた。
ご冥福を祈ります。
(追記)水道橋博士が、休業中に、橋本の訃報を聞いて、沈黙を破ってtweetしたんだとさ。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190129-00000092-dal-ent
『青い鳥』の著作権が切れた。
メーテルリンクは、オスカー・ワイルドとも交流があり、前者の『マレーヌ王女』は後者の『サロメ』(私が好きな戯曲)に影響を与えているそうだ。http://www.i-repository.net/contents/outemon/ir/301/301991207.pdf
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加瀬亮、柄本明の息子、星野源、桐谷健太、松田龍平の妻、など現代邦画を支える役者たちが高校生役で登場。特に、星野源なんか当時すでにミュージシャンでもあったろうに、よくあんな役をやったよな。クレイジーキャッツなんか目じゃないね。変態ぶり、今日のモテっぷりを総合すると、「日本のゲーンズブール」という感じか。
一か所だけ不思議だったのは、長崎大学の運動家にペンキをぶちまけて街なかを逃走するときに、車のフロントガラス越しの映像があるのだが、ここは普通フロントガラスに手をついてペンキをつけて去る、というようなことをやるでしょう?そうしなかったのはシネフィル風のスカシ技か?直前にバケツからペンキをぶちまけるシーンも、思ったよりバケツが重いせいか上手くペンキを撒けない感じなのは、青春とはイメージほど上手くいかないものだということを表現しているようにも見えた(ここはスカシ技として成功している)。クライマックスの、主人公を助けるために皆が校庭に集まるくだりも、金八先生の『腐ったミカン~』ほどバシッと決まらない(消火器も落としちゃうし)。これもリアリズム的スカシか?しかし、フロントガラスに関しては、やっぱりペンキの手の跡がついた映像を見せてほしかった。そもそも、そのような表現は、本来ペンキまみれで逃走するというのはカッコ悪いはずなのに、手の跡が色鮮やかでキレイだという、一種のスカシ技なので、それを再度ヒネったらゼロに戻ってしまう。
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おそらく引退作。「引退作に見えないように撮った引退作」という感じがする(立つ鳥跡を濁さず、という感じ)。辞表出すシーンがあったな、そう言えば。タイトルに「最終章」とあるのに、「これが監督のキャリアとしても最終章か!?」などという見出しの記事などが私が知る限り一つも出なかったのだから、(引退作だとしたら)その意図は成功している。最後に主人公が自殺するのも呆気ない(見慣れた光景だから何の衝撃も無い)。主役は西田と塩見だな。
文芸・文学の別称。
語を組み合わせるという意味。字を組み合わせても必ずしも文芸とはならない。ほら→「きぅおぐいぇヴぉぽぽみかうぇれく ぬぬんんき」。やはり、文学の最小単位は「語」ではないだろうか。
そして、「齟齬」と発音が同じであるだけではなく、「つくり(漢字の右側の部分)」まで同じ。社会と自分との齟齬、心と体の齟齬などが文芸を生み出す。