今年は元号が変わったが、西暦や皇紀など様々な紀元(歴史の基準点となる年)がある。それらの多くが元年が零年でなく一年であることが不満だ。計算上煩わしい。だから、レーゼシナリオ暦は紀元を零年とする。
さて、何の年を紀元=零年とするか。レーゼシナリオ第一号が生まれた年が紀元であるというのが一つのありふれた考え方としてあるが、第一号が何であるかまだ分かっていない。日本での第一号が生まれたのは私の知る限りだと、谷崎が『月の囁き』を、芥川が『影』を書いた1921年だが、もっと前のものが後々発見されるかもしれない。外国でも、Q.メルトン氏の研究[1][2]では、1920年代あたりが最古だった記憶があるが、これも更なる発見によって更新(というか、更旧?)される可能性がある。だから第一号誕生年を紀元とするというアイデアは却下。「レーゼシナリオ」という語が書物に載った最古の年は、私の知る限り、1936年(北川冬彦『純粋映画記』)だが、この年を紀元とするという発想もあろう。しかし、これも更新(更旧?)されるかもしれないから却下。
かつて他のエントリーで、萩原朔太郎が自分が創作してみたいシナリオについて語った言葉(『映画に附属する下書き様のものでなく、それ自身で完成された文学であり、且つ文学自身の中に、一巻の映画をイメージさせる』)が図らずもレーゼシナリオの見事な定義になっていることにふれたが、この言葉が書かれたのが1937年だ。また、その言葉が書かれた『文学としてのシナリオ』という題のエッセイは、芥川龍之介と北川冬彦というレーゼシナリオ史上における二人の重要人物について言及されている重要文献だ。これを基準年=紀元=レーゼシナリオ暦零年としてもよいのだが、むしろ朔太郎の没年1942年を紀元としてみたい。私が没年にこだわるのは(かつてオスカー・ワイルドの没年を新紀元として提唱したことがあった)、著作権(の年限)への関心からである。最近まで日本では著者没後50年がその年限であったが、とうとう国際的な標準である70年になったようだ。朔太郎が死んでから70年以上が経つので、もう彼の著作は公的所有だ。さて、1942年には、『文學界』誌上に「近代の超克」という有名な座談会が掲載され、そこで、映画評論家・津村秀夫によって、映画はポストモダンな芸術だという意味の発言がなされた(まだポストモダンという語は存在していなかったであろうが)。そしてこの年の半世紀後(1992年)にダリウス・ジェームズがレーゼシナリオ『ニグロフォビア』を書いてデビューした。何度も言うが、私の知る限り、レーゼシナリオでデビューした作家は彼が最初だ。レーゼシナリオ元年を、朔太郎が死んだ年だから「朔没零年」とするならば、レーゼシナリオ史(=離像史)に「朔没50年:ダリウス・ジェームズ、デビュー」と記載されよう。
離像史における期限は数直線の原点のようなものだ。芥川が『浅草公園』を書いたのが1927年だから、1927-1942=-15。「朔没-15年」となる。




一人だけブサイクがいる。フォーリーブスのブス担当か?
(追記)


↑異様なツーショット↑。
朔太郎は、能書きだけじゃなく、実際に『シナリオ研究』という雑誌にシネポエムの創作を載せたこともあった。リンク先の書物は入手し難そうだし、まだこの作品を発見できていないが、全集には載っているだろうか。全集というくらいだから載ってるはずだが・・・。
↓イケメンをもう一人。『猿とエッセンス』(西暦1948年、朔没6年)を書いたオルダス・ハックスレー。

(追記)今年は朔没77年。

https://www.youtube.com/watch?v=Z08bxx_-4YM
サンセット77というドラマがあったらしい。私はCMでの懐古映像くらいしか記憶にない。
それに倣って言えば「サクセット77」という感じか。
(追記 2020年3月12日)
大江健三郎が『革命女性』というシナリオ草稿を書いていた。前書きを読むかぎり、やはり特定の製作プロジェクトのために書いたものではないようだ。自分は生涯映画製作のような協業とは無縁であろう、という意味のことも書いていたから、レーゼシナリオと言えよう。
最初の何ページかを読んだかぎりでいうと、逮捕されたテロリスト集団員の女がハイジャックの要求のために釈放され仲間のもとに護送される過程を描いた、なかなかサスペンスフルな設定の作品で、これは映画的だよな(必ずしも映画シナリオではなく戯曲でもありうるとも本人も言ってるけど)。一方で、南アフリカの女流作家のシーラ・フガードとか宮沢賢治の話題が出てくるあたりは、やはりブッキッシュなインテリの大江ならではのもの。かなり面白そう。

北川よ。孤独から解放されたなw。
前から探していた朔太郎のシネポエムのタイトルが分かった。『貸家札』。
情報源はコチラ。https://mimemo.io/m/5dn7jlK2WOor9Ye
貸家を見たらライオンが食いに行く、という意味なのだろうか?単にシュールなイメージ表現なのか?
(追記 2020年3月19日) 大江の『革命女性』はかなり面白かった。今までに読んだ、レーゼシナリオに分類されそうな作品群の中でも、ダントツに面白かった。私の闘志に火を点けた。