芥川『影』、谷崎『月の囁き』から100年。日本レーゼシナリオ史を起承転結で表すなら、「起」が終わって「承」のエポックに突入。

 

(追記 2021年1月4日 芥川『影』のほうは再チェックしてみたら、1920年発表でしたが、その年の9月つまり下半期発表なので、四捨五入の発想で、100年としましょう。)

今年の十大ニュースを挙げる時期だが、重要な出来事なんて十個も思い付かない。

大江健三郎のシナリオ草稿『革命女性』を発見したことが圧倒的な一位なので、あとはどうでもいい。コロナとかも個人的にはどうでもいい。十位まで本件で埋めちゃえばいいか。そして、次点は「にゃんこスター破局」かw。『鬼滅の刃』という映画が歴代トップになるかというのは気になるが、挙げるほどでもない。

西暦はキリストの生年と思われていた年(厳密には四年ずれていた)を一年と数えるところから始まっているから、ゼロではなく一が最初だ。だから21世紀も2000年からではなく2001年から始まった。ディケイド(decade 十年紀)というのは、例えば1980年代なら1981年から1990年までだ。すると、今年は2010年代の最後ということになる。このディケイドの最初の年は2011年で東北震災の年だ。このディケイドは震災から始まりコロナ禍で終わったという感じ。震災は日本人にとって重要だが、コロナ禍はそれほどでもないのではないか。東洋人にとってコロナウィルスはあんまり怖くないものだと思う。台湾や韓国でも死亡者は欧米に比べて少ない。発生地の中国でもあんまり。なんとなくヴォネガットのスラップスティックを思い出す。

レナリオローグである私にとってのディケイドは、いつも最後に転回が起こる。西暦1990年(80年代の最後)に「シナリオ形式の文芸」ということを思い付き、2000年(90年代の最後)に「レーゼシナリオ」という語が既存であることを知り、2010年(00年代の最後)にも自分の認識の普遍性を確信するような出来事が起こり、そして今年2020年に大江の『革命女性』を発見。起承転結という感じだ。今年芥川賞をとって話題になった、櫻井敦司の息子・遠野遥の『破局』で、主人公の友人「膝」は、お笑いサークルに入ってるのだが、卒業ライブの際に「いかにも締め括りという感じにしたくなかった」という意味のことを言う。山下敦弘の映画などにも見られるような、21世紀の若者らしい考え方だ。私も(若者であるかどうかはともかくw)特にこのブログを何らかの宣言を発して締め括る気は無いし、大事なことを思い付いたらまた書くつもりだが、気持ち的には一段落ついてしまったのも確かだ。

 

 

もう後半だが、今年はネズミ年であった。タイトルは厳密には十二支一周なのだが、まあ通じるでしょう。

 

かつて、2ちゃんねる系のサイトで、物書きワナビーみたいな人が集まる「テキスポ」っていうのがあった。

 

そこで、確かMadさんという人が私の投稿(もちろんレーゼシナリオ論)のレビューを書いてくれて、それがレビュー大賞を取り、その影響で私まで受賞し、モリタポを賞金として貰えることになった。それが2008年の春ごろ。

 

当時モリタポはAmazonギフト券ポイントに換えることができたが、私は当時ネット通販はセブンアンドYしか利用しておらず(直接手渡してもらわないと不安だった。まだAmazonはコンビニで渡してなかったと思う)、2ちゃんねるの過去ログ&ワード検索くらいにしか利用してなかった。本を購入して古本屋に売れば微々たる現金を入手できたかもしれないわけで、ちょっとでも現ナマを稼げれば、それだけでは生活できなかったとしても、セミプロくらいではあろうと言えるが、電子マネーのモリタポだけだったら、「蚊プロ」ってところか。

 

数年後に「テキスポ」は何の予告もなく閉鎖してしまった。四百字詰め原稿用紙換算で二百枚ほどの論稿があっという間に消えたか・・・とショックだったが、実は本ブログの下書き保存に全文コピペしていたことを思い出して事なきを得た。そういや、あの頃は、ctrl+Aで全文範囲指定できることも知らなかったなあ。

 

 

半年ぶりの投稿なので、世間のニュースの話をすると、芥川賞受賞作家の遠野遥とバクチクの櫻井敦司が親子だったというのは、けっこう驚きのニュースであった。

 

 

竹内結子さんは、(もう交流は途絶えたが)レーゼシナリオ論を書いた俳優兼脚本家ニック・ロスと、『フラッシュフォワード』で(ワンシーンだけ)共演。ご冥福を祈ります。

 

 

(追記)ハロウィン終わっちゃいましたが、日本ではまだポップスの中でハロウィンの歌って多くないんじゃないかと。クリスマスソングはザラにあってもね。で、思い出したのがユーミンの「サタデーナイトゾンビーズ」(ひょうきん族のエンディング)。これがハロウィン向きだという意見はYouTubeのコメントにも幾つかありました。土曜の夜じゃなくても使える。もう一つは『うる星やつら』のエンディング曲だった『宇宙は大ヘンだ』。この二曲は、これから定番になってほしいものです。

pretender(名詞)~のふりをする人。詐称者 (大修館『ジーニアス英和辞典』より)

ご無沙汰してました。半年ぶりです。まず最初に、ずっと知りたかった朔太郎のシネポエムのタイトルが分かったので報告します。『貸家札』です。青空文庫でも読めます。報告終わり!

この詩にはライオンが登場します↑

おすぎ(杉浦孝昭)という映画評論家がいて、『フィールド・オブ・ドリームス』という映画が公開された頃に「私はこの映画に出会うために映画評論家になった」とかなんとか言ってて、「ケッ」と思ったものだ。その後『オール・アバウト・マイ・マザー』や『ミリオンダラー・ベイビー』などの時も似たようなことを言っていた気がする(生涯のベストワン、というような言い方だったかな?)。大江健三郎の小説『取り替え子』に彼(彼女?)をモデルにしたらしき「圧倒的に荒涼で凄惨」なオカマ・タレントが登場して、作者自身をモデルにした語り手の古義人は伊丹十三をモデルにした吾良に「あんなツワモノと同じ業界にいるってのは大変だよな」と同情している。

さて、その大江さんの『革命女性』(『最後の小説』に収録)という戯曲シナリオ草稿(と取りあえず書いておくけど、レーゼシナリオだろう)を二月くらいに知って最近読んだら「私はこのレーゼシナリオに出会うためにレナリオローグになった」と言いたい気持ちに駆られた。しかし、今後かりにこれ以上に優れた作品に出会っても、私は絶対に同じことを言わないだろう。「今までで一番面白い」と言うだけだ。その理由は後に示す。

 

『蓮と刀』のアマゾンレビューにも書いたが、私は既存作品に感銘を受けてレーゼシナリオに興味を持ったわけではない。内容ではなく形式的な関心から出発したのだ。そして、入手できるかぎりのレーゼシナリオを読んでみたが(厳密には佐藤春夫の『春風馬堤図譜』は入手したけど未読だから、それ以外の全て、ということになる。でも、あれは恐らく劇的なものではなくシネポエムだから私の興味の中心からは少しズレる)抜群に面白いと思ったものはなく、ハックスレーの『猿とエッセンス』が一番マシだが、星四つ(五点満点)という感じだった。『革命女性』は当然星五つだ。

話はそれるが、デ・ニーロ出演作のマイ・ベストは直前の記事で述べたように『キング・オブ・コメディ』だが、ワーストは『ナイト・アンド・ザ・シティ』(1992年製作、リチャード・プライス脚本、アーウィン・ウィンクラー監督)だ。スコセッシが脚本を読んで「あまりにも自分の集大成すぎる」と言って監督のオファーを断ったと何かで読んだ。そう、確かにスコセッシ映画の上っ面だけを集大成すればこうなるよな~という「なんちゃってスコセッシ映画」だ。ニューヨークに生息する嘘つきでロクデナシの弁護士が自分の人生を反省し何かを成し遂げたいと思いつき、ボクシングの試合を主催しようとする。資金繰りがうまくいかず、それを切り抜けるためにまた嘘をつくがバレてマフィアに撃たれてしまう、というラストで、このシーンにおけるデ・ニーロのオーバーアクトがまたヒドい。1990年代後半の『ベリー・バッド・ウェディング』、もうちょっと売れたところで言うなら『バッファロー66』みたいな露悪的なだけの映画の先駆けである。ニューシネマは「負け犬の美学」と言われたが、それとも違う「負け犬どころか戦ったこともないくせに開き直っているダメ人間」映画の駄作群が世紀末に幅を利かせていたが、ここにその予兆があった。90年代後半はデ・ニーロが自己模倣的になっていく時期でもあったが、それもここに先取りされていた。主題歌はフレディ・マーキュリーの『ザ・グレート・プリテンダー(The Great Pretender)』だ。『博士の異常な愛情』『スペース・カウボーイ』の既存曲の使い方と比べても、何の面白味も無い選曲だ。だって、詐欺師みたいな奴のテーマ曲として「詐欺師」って歌を流してるんだもん。前者みたいなシニカルなヒネリも無いし、当然、後者みたいな「皮肉が一周回って感動を呼ぶ」アクロバットがあるわけもない。

しかし、レナリオローグとしての私の諸活動は、今にして思えば、この最低デ・ニーロ映画の主人公のそれに似ていたかもしれない。それらは、ボクシングのリングを作るようなものであった。そして興行が成立するにはチャンピオン的傑作が必要だったが、ふさわしい代物を探し出すことができていなかった。この度ようやく打って付けの作品が現れた。大江の『革命女性』だ。もちろん、ノーベル文学賞作家・大江健三郎という存在全体に挑戦するなどという大それたことに対するチャレンジャーなら、集まりそうもない。しかし『革命女性』という一作品に挑戦するくらいなら、けっこう集まるのではないか。そうなれば、レーゼシナリオが確固たるジャンルとして(あるいは市場として)成立するのではないか。この私だってリングに上がる(!)。
以上が、今後に二度と「私はこのレーゼシナリオに出会うためにレナリオローグになった」などと言わない理由だ。要するに『革命女性』という作品を見出したことによって「今まで散発的にしか生まれてこなかったレーゼシナリオをサスティナビリティ(持続性)のあるジャンルとして確立する」という「レナリオローグとしての天命」を果たしたから、もうそんなことを言う必要が無い、ということだ。朔太郎の『貸家札』も発見しちゃったし、あと、残された仕事と言えば、前述の『春風馬堤図譜』と北川冬彦の『氾濫』(自身の短編小説集を改行の多い叙事詩風に書き換えたもの。ページを開いて一見しただけでは別にシナリオ形式とは思えない代物で、恐らくは読むことによってしかシナリオ的であることを実感できないのであろう。だとすると、こちらも『春風~』と同様に私の関心の中心からは外れる)を読むことくらいか・・・。

この記事はけっこうマジな決意表明であり、照れ隠しのためにエイプリルフールの日に公開する予定であった。しかし「日本のキング・オブ・コメディ」の一人である志村けん氏がコロナウィルスで亡くなったという訃報を聞き、喪に服すために期日をずらした。こんな時期に「なんちゃって」とは言えないのだ。志村さん、御冥福を祈ります。

↑不謹慎かな~とは思ったが、毎日新聞も「あい~ん」の写真を使ってたし。三大新聞の一紙がそう来るならブロガーごときはこれでもいいでしょう。

 

(追記 2020年6月10日) 大江健三郎『水死』、読了。『キルプの軍団』(1988)も映画を撮る話だったし、『取り替え子(チェンジリング)』(2000)はもちろん映画製作の話題が頻出する。本作の前作の『美しいアナベル・リイ』(2007)も国際女優らと映画を作る話だというし、この『水死』(2009)も演劇を上演する話で、最後の方に予定の『水死小説』の企画が流れた代わりに「戯曲・シナリオ草稿」を文芸誌に載せよう、などと妹が提案するくだりがある。(厳密には、戯曲・シナリオ草稿を出版することを妹が出版社に提案したら、編集者から古義人に、まず文芸誌に載せる、という返答があった、というくだり)。『革命女性』(初出1986)以降の大江作品は、映画や演劇や戯曲やシナリオの話題が出てくる小説が多いのではないか。尾崎真理子によるインタビュー本でも巻末の質問集で、「また戯曲を書く気はありますか」との問いに、生涯ラスト作品はベケット風の戯曲(厳密には、対話を中心とした戯曲的な作品、という言い方だった。つまりレーゼドラマ!?)になるだろうと答えている。思えば、処女作の『奇妙な仕事』も上演されない戯曲を小説に改作したというし、大学時代は多く戯曲を書いてたという。レーゼシナリオという語を作ったであろう北川冬彦が敬慕した脚本家・映画監督の伊丹万作の娘ゆかりと結婚し、その兄の十三監督(晩年はシナリオ重視を語り、三谷幸喜に接近した)と親友であった大江は、生まれた時から、というのは言い過ぎとしても、伊丹家(=池内家)と出会った頃から「レーゼシナリオ」という方向性を示すべく運命づけられていたのではないか?

 

さて、肝心の『水死』の内容についてであるが、第一部は苦みが効いていて良かった(妹が赤黒い顔で泣きながらトランクについての真相を語るくだりが特に)。第二部は「女たちが優位に立つ」というタイトル通り、人格的にも能力的にも完璧な女たちが次から次へと登場して、彼女たちのやることなすことがうまくいってしまう。ちょっと絵空事でありすぎる気がした。第三部で、この違和感が解消されるかどうかによって、作品全体の評価が決まると思って読了したが、ハードボイルドなラストが実に良かったと思うので星五つ(満点)でいいかな(最終章がハードボイルド・タッチだというのは、大江ファンクラブHPでも言われていた)。文科省のお偉いさんがラストに重要人物として登場するあたりに、浅間山荘事件やオウム事件や伊丹十三自殺を予知したという大江の勘が何か働いてるのではないかという感じがする。前川喜平が矢面に立った加計学園事件程度じゃ予言とは言えないけど、作品が刊行されてからまだ十年ちょっとしか経ってないし、今後において、また予知能力が発揮されたなんて言われそうな何かが起こるのではないか?

 

(追記 2020年6月13日) 終盤のどのへんがハードボイルドか?以下の二つのポイント。

1.ウナイコが文科省要人と隣室で争っているのを聴いたリッチャンがしばらく様子を見てからギシギシさんに知らせにいくまでの描写が、ハメット『ガラスの鍵』の中の、主人公と新聞社幹部夫人が浮気している現場を幹部が見てしまい自殺を図るまでのくだりに筆致が似ていると感じた。(思い出してみれば、『万延元年のフットボール』の鷹四が自殺するくだりの、銃声が複数回鳴ることで一発では死ねなかったことを聴覚的に描写する筆致にも似ている)

2.終盤全体の雰囲気が、ポランスキー監督『チャイナタウン』の、フェイ・ダナウェイ演じる女とジョン・ヒューストン演じる悪人の間の近親相姦によってできた娘を悪人が引き取ってゆくくだりに似ていると感じた。

 

(追記 10月23日)

十日くらい前に、『ジョーカー』を観に行った。『キング・オブ・コメディ』へのオマージュに満ちた作品で後者で主演したデ・ニーロが逆の役回りで出演しているとか、とうとうバットマンではなくジョーカーが主人公の作品が作られたとか、「観たい!」と思わせる要素に満ちている(今回は『キング~』のオマージュ作品という点に焦点をしぼりたいので、後者の要素については、私による『バットマン』のアマゾン・レビューをご覧あれ)。期待を裏切る出来ではなく、それなりに満足したが、斬新さは無いと思った。日本でも内田裕也や宇崎竜童やジュリーなどのミュージシャン主演で作られた類の、『タクシードライバー』以降のアンチヒーロー物の型から大きく外れるものではない。『キング~』は(同じデ・ニーロ主演スコセッシ監督作の)『タクシー~』の二番煎じのように過小評価されることも多いが、この手の映画で暴力がほとんど出てこないところが進化の証だ。ジェリー・ルイスを脅すときに使う銃(実はオモチャ)、それが発覚したときにサンドラ・バーンハートが食らう平手打ち、それとパプキンの漫談の中に出てくる家庭内あるいは校内の暴力。暴力がらみのエピソードはこの三つくらいだ。ところが、『ジョーカー』はこれを『タクシー~』の地点に戻してしまった。

 

 

この映画はだいぶヒットしているようだが、世相を反映しているからではないと思う(そういう分析を幾つか読んだけど、あんまり反映してないし)。ヒットの理由は、ハロウィン前という上映時期が観客の気分にマッチしたからだろう。ジョーカーとジャック・オーランタン(上に貼ったオレンジのカボチャ)は、イメージがかぶる。

 

 

けっこう前の話だが『ロスト・イン・トランスレーション』(ソフィア・コッポラ脚本・監督)も、企画を聞いた時には、『ジョーカー』の時と同様、「なんて、観たいと思わせる要素に満ちた作品なんだろう」と思った。『恋はデジャブ』のビル・マーレイと『ゴーストワールド』のスカーレット・ヨハンソンが主演。『恋は~』の「退屈でも日常を愛そう」というメッセージと、『ゴースト~』(ここでは彼女は助演だったが)の「倦怠感をアンニュイと呼んでオシャレにコーティングするガーリー文化(ボサノバとかフレンチポップとか聴いてそうな女のカルチャー)」の融合である。そして日本が舞台で主題歌が『風をあつめて』(はっぴぃえんど)!しかし、こちらのほうは期待を裏切って、つまらない映画だった。敗因は、『ロスト~』はマーレイが出てる時点で『恋は~』へのオマージュ作品に決まってるのだが、ちょっと時期尚早だ、という点にある。『ジョーカー』の監督もソフィア・コッポラとほぼ同年代(アラウンド1970年生まれ)。しかし、ソフィアのように(まだ元ネタの記憶も覚めやらぬ)十年くらいでオマージュ作品を作ってしまうのと、『ジョーカー』のように三十年以上待つのとでは、後者のほうが勝ちだと思う。早すぎるオマージュは作品を安く見せてしまう。

 

 

ともあれ、『キング~』は、私がレーゼシナリオに関心を持つ二年ほど前に観た作品で、中学生時代以降は映像的関心がパルコや化粧品のCFやMTVなどに偏っていた私に「映像劇」への興味を再燃させた、言わば原点で、当然、心のベストテンにランクインしている。黒澤明や松田優作をはじめとする玄人筋には受けたが、『タクシー~』ほどの名声は得てこなかったし、同作品が多くの模倣作を生んだのに比べると他作品への影響も少なそうだった(スタンダップ・コメディアンを題材にした映画としては『パンチライン』、ストーカー物ならデニーロ自身が主演の『ザ・ファン』あたりくらいしか思い当たるものが無い)。ところが最近になってその大きな影響の下にある作品が大ヒットしているというのは、実に感慨深い。何かが一巡したような感覚に襲われる。

 

映画『ジョーカー』は、出来に関していえば星五つ満点で星四つ程度。大学の成績(優・良・可・不可)でいえば「良」(そのほとんどが企画力とホアキン・フェニックスの演技力のおかげ)。しかし、『キング・オブ・コメディ』に興味を持つ若者を増やしてくれた点では、強く感謝したい。

 

(追記 2020年3月12日)

アマゾンレビューでも書いた気がするけど、『ジョーカー』で一番物足りない点は、(幼少期のブルース・ウェインは出てくるけど)バットマンの姿がまったく出てこないところだ。これだと、バットマンのスピンオフというより、単にピエロ姿の狂人の話になってしまうんじゃないのか?自宅でメイドや爺や婆やに空想上のヒーロー「バットマン」の衣装を作らせてゴッコ遊びをするブルース坊やのシーンを数回数分ごとに挿入して、最後に眼前で両親を殺されてゴッコから本気に目覚める、というようなくだりは、やっぱり必要だったと思う。

 

「言い残したこと」


文学は主に詩と小説と戯曲に大別され、近代に詩が小説に取って代わられた(広辞苑『小説』の項を参照)のなら、なぜ近代の次は「レーゼシナリオ」の時代であって、「戯曲」のそれではないのか?(言わば、垂直ではなく斜め上に上昇するのか?)という問いに対して。答えは以下の如し。

詩とか小説とか戯曲という語自体が、小説中心主義的な近代のタームであって、小説は、それ以前から源氏物語のように存在していた物語文学一般をそのまま受け継いだというより、むしろ「近代的なるもの」を付加して小説になったのだ。

だから、歴史に倣えば、近代には戯曲と呼ばれた劇文学に「現代的なるもの」を付加したものが現代の文芸の王座に就くことになる。「現代的なるもの」とは、活動写真発明以降の映像劇のシナリオのことである。

ちなみに、漱石は源氏物語を一部しか読んでなかったそうだ。

 

 

 

柄谷行人『近代文学の終り』の(私による)アマゾン・レビュー

 

表題作である講演の中に「政治的な目的があるなら、小説よりも映画や漫画のほうがよい」とあった。しかし、映画は金がかかるし、漫画は誰でも描けるわけではない。文学は、安いコストで創作できて、多くの人に表現できる可能性が開かれている。「文学は駄目で映画や漫画のほうがよいが、映画や漫画は駄目で文学のほうがよい」というアンチノミーがここにある。ここがロードス島だ。ここで飛べ。レーゼシナリオへと。

近代文学終焉論だけでなく、交換様式(=広義の経済)論もこの本の主題である。さて、柄谷の思想は一言で言うと近代批判だ。近代の自明性を疑う、ということだ。近代の自明性とは、文学(≒文化)面から見ると小説中心主義であり、経済面から見ると「商品交換」(交換様式C)中心主義だ。「近代=モダン」の次が「現代=コンテンポラリー」だとすれば、後者の時代は、レーゼシナリオ中心主義と「アソシエーション的な交換様式D」中心主義の時代になる!?「近代文学の終り」とは「現代文学の始まり」であって、「小説の時代」から「レーゼシナリオの時代」への転換である!?

第三部「テクストの未来へ」の第一章「イロニーなき終焉」で、1970年代末は「近代文学(小説)の終りの始まり」だったと柄谷は言う。それに倣って言えば、2000年代半ばからブログ等で私がやってきたことは「現代文学(レーゼシナリオ)の始まりの終り」に関わるものであろう。「小説の時代」が「ドンキホーテ」が書かれた1605年頃に始まり本書が刊行された2005年に終わったのだとすれば、400年間「小説の時代」が続いたと言えるし、その時代を四コマ漫画に見立てるなら起承転結のそれぞれが100年あると言える。レーゼシナリオは私の知るかぎり谷崎の「月の囁き」や芥川の「影」が発表された1921年あたりから始まっているから、再来年に100周年で、その時代が「小説の時代」と同様に400年続くとするならば、起承転結の「起」が終わる。レーゼシナリオは、「テクストの未来」というより「未来のテクスト」いや「現代のテクスト」だ。これから希望に満ちた時代が始まるのだからイロニー(皮肉)を言う必要もない。まさに「イロニーなき終焉」(笑)。

 

(追記 10月23日)「来るべきアソシエーショニズム」という巻末の座談会で、浅田彰や大澤真幸が「アソシエーション」の具体像が見えにくいと言っているが、この座談会が行われた2004年頃の感覚に寄せて答えるならば「TSUTAYAに行けば分かるよ」ということになる。映画の製作スタッフのような分権的協業の成果が棚に陳列されている。まさに「アソシエーションのアソシエーション」だ。

 

(追記 11月22日) スペースカウボーイのアマゾンレビューを書いたけど削除したので、文学関連の文章ではないけど、「補遺」ということで、こちらに貼っておきます。

 

もう20世紀じゃない!PART2

平成が終わった実感はまだ無い。ただ、無理にまとめるなら平成時代とはホームシアター化の時代だと言えよう。映画館に行ったりテレビで見たい映画が放映されるのを待たなくても、本やCDのように映像ソフトを廉価で鑑賞できるようになった時代。平成初期はまだVHSの時代で、レンタルはもちろん安いが、セルだと1万円を超えるものがまだ多かった。DVDの時代になると、邦楽CDより安い洋画DVDがたくさん発売された。本作のDVDが2500円で発売された時に、時代もここまで来たかと思ったものだ。

本作が、キューブリック監督の「博士の異常な愛情」風のシニシズム&ブラックユーモアをさらにひとひねりしてポジティブな味わいを出しているところが新しい、というようなことは前にどこかで述べた記憶がある。月に行きたがってた男がホントに月に飛ばされて名曲「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」が流れるんだけど、末期ガンに侵された男が地球を救うためにそうなったのだったら、単なる「黒い笑い」にはならない。

今回言いたかったのは別のことだ。本作は世界覇権国アメリカによる禅譲宣言だということ。「今まで世界のリーダーやってたけど、もう体アカンのや。誰か代わってや」トミー・リー・ジョーンズが演じた男はそのようなアメリカの引退願望の象徴だ。次の覇権国は中国だと言われてるが、日本にも可能性があると思う。

Amazon500件レビューを書いて、1000件参考になったと投票されました。

https://www.amazon.co.jp/gp/profile/amzn1.account.AEI5SC7VDDVISJ5UX6QTXMLUQGIA/ref=cm_cr_getr_d_gw_btm?ie=UTF8

 

1件につき2票だから、大したことありません。単に1000件というキリのいい数字だから祝っただけ。

 

このブログに、全レビューへのリンクを貼るプロジェクトは面倒だから、やめちゃおうかな~。

 

(追記 2019年12月8日)

 

順不同というか、古い順でも、「参考なった」票獲得数順でもなく、「自力で思い出した順」でリストを作ってみました。いちおう500件全部思い出せたはずですが、読みにくかったり、タイトルが正式でないのもあったりしますが、ご容赦を!よく書けたと思うレビューからリンクを貼っていきます。タイトル全体に貼ると文字が薄くなってしまうので、末尾に矢印「→」を付けてそこにリンクさせます。

 

 

愛のむきだし 地獄でなぜ悪い 春の庭 シナリオ深夜の告白 蓬莱曲
ちゃんと伝える 夢の中へ コンビニ人間 月刊シナリオ(特集・一色伸幸) 桜姫東文章
恋の罪 ラブ&ピース 火花 月刊シナリオ(ジャン・有馬の襲撃) ゴドーを待ちながら
冷たい熱帯魚 TOKYO TRIBE しんせかい シナリオの魅力 天守物語
紀子の食卓 気球クラブ、その後(以上、DVD) プレオー8の夜明け(以上、本) ニグロフォビア 天守物語(金子國義)
ヒミズ 非道に生きる 北の国から 87’初恋 黒ミサ(メイラー) 鹿鳴館
希望の国 アフターダーク 駅STATION 猿とエッセンス  青い鳥(以上、本)
BAD FILM 風の歌を聴け 冬の華 シナリオ神聖喜劇 ギフト(キムタク)
エクステ 同上(映画) ドラマ「優しい時間」 佐藤春夫全集(黄昏の殺人) ありふれた奇跡
自殺サークル 限りなく透明に近いブルー(映画) シナリオ「優しい時間」 蓮如(五木寛之) ブレイキング・バッド

 

 

24(トゥエンティフォー)

1stシーズン

阪急電車 夏の終わり 彼女がその名を知らない鳥たち(映画) ばかもの(映画)
フレンズ その街の子供 そこのみにて光り輝く 日本で一番悪い奴ら そして父になる
真夜中のマーチ R100 オーバーフェンス リップヴァンウィンクルの花嫁 誰も知らない
みんなのいえ 大日本人 ぼくのおじさん 打ち上げ花見上から見るか横から見るか ラジ&ピース
(本)
マジックアワー しんぼる 味園ユニバース 罪とか罰とか 絲山秋子「ニート」(本)
三谷幸喜創作を語る さや侍 もらとりあむタマ子 キャッチボール屋 エスケイプ/アブセント(本)
中学生円山 海炭市叙景 マイバックページ(映画) お盆の兄 薄情
ホテルビーナス フリージア(映画) ウルトラミラクルラブストーリー ローリング 末裔(絲山秋子)
約三十の嘘 私の男 人のセックスを笑うな(映画) ディアーディアー スモークトーク(小説)
自虐の詩(映画) ノン子36歳家事手伝い ニシノユキヒコの恋と冒険 天国からのラブレター(映画) やわらかい生活(DVD)

 

甥の一生(トヨエツ) 毎日かあさん(DVD) 麦子さんと 雨の温州蜜柑姫 政治と思想1960ー2011
「最後の小説」 酔いがさめたらうちに帰ろう(映画)
 
シン・ゴジラ 蓮と刀 近代文学の終わり
寝ずの番 パーマネント野ばら(DVD) 君の名は。 現実を視よ 柳井正 マネジメントを発明した男~ドラッカー
旭山動物園物語(マキノ監督) 映画 桐島部活やめるってよ  内緒(アイナ・ジ・エンド)

振り切る勇気

(田中仁)

それでも中国は巨大な成長を続ける
合い言葉は勇気(三谷) 紙の月(DVD) この世界の片隅で(本) ラグタイム(映画) ノーマ・レイ
ブラック企業に勤めてるんだがもう限界かもしれない(DVD) 腑抜けども悲しみの愛を見せろ(DVD) 夕凪の街桜の国(DVD) サラリーマン大逆襲作戦(ピーターズ) 人生ここにあり!
アフタースクール クヒオ大佐 夕凪の街桜の国(本) 経済学をめぐる巨匠たち 協同組合入門
鍵泥棒のメソッド ばしゃ馬さんとビッグマウス 夏の前日(本) 思想的地震 いわゆるA級戦犯
キサラギ さんかく 続いてゆくのかな 柄谷行人インタビューズ1 それでも日本人は戦争を選んだ
トウキョウソナタ 純喫茶磯辺 シャララ 柄谷行人インタビューズ2 価格破壊

 

(続きは次ページ「アマゾンレビュー・リスト後半」へ)

 

 

(追記、アマゾンレビュー・リストの残り、2019年12月8日)

最後の8つ(ハザード、細雪、結び目、飢餓海峡、台北の朝~、ハネムーンキラー、ライク・サムワン~、無法松~)は思い出せずに、最初からチェックして発見した。

 

百万円と苦虫女 シャッターアイランド ミートザペアレンツ3 サマリア 別冊BRUTUS映画
ロマンス(タナダ・ユキ) ジャンゴ繋がれざる者 ラスイトタイクーン 絶対の愛 待つ女(フランス映画)
テイクディスワルツ キル・ビル ウィンターボーン イタズラなkiss(台湾) ガラスの鍵
ピアニスト(イザベル・ユペール主演) キル・ビル2 インランドエンパイア イタズラなkiss2(台湾) スペイドという男
50/50 フィフティフィフティ デスプルーフ バックトゥザフューチャー3 イタズラな恋愛白書 キルプの軍団
ヒア・アフター マチェーテ バックマン家の人々 トロッコ(映画) 万延元年のフットボール
グラントリノ エグザイル(デ・ニーロ主演) メン・イン・ブラック シェフたちの宴(台湾) 個人的な体験
サンダーボルト 世界にひとつのプレイブック(デ・ニーロ助演) シュウシュウの季節 恋恋風塵 見る前に跳べ
クラッシュ(サンドラ・ブロックら) ミートザペアレンツ 僕の妻のすべて(韓流) 長江哀歌 取り替え子(チェンジリング)
狩人の夜 ミートザペアレンツ2 オールドボーイ(韓国) 別冊ポパイ映画

笑うな

 

 

シングルマン テルマエロマエ(映画) 恋はデジャブ 鉄道員(イタリア映画) かなしみよこんにちわ(映画)
愛と追憶の日々 恋愛戯曲 ロストイントランスレーション さよなら絶望先生 かなしみよさようなら(ウィノナ・ライダー)
ファントムオブパラダイス さいはてにて(永作) ザ・ロイヤル・テネンバウムズ 吉祥天女 何かいいことないか子猫チャン
マイノリティレポート ブルージャスミン ホテルニューハンプシャー マインドゲーム(アニメ) ミッドナイトインパリ
スラップスティック(ヴォネガット) エリザベス・ゴールデンエイジ ムーンライズキングダム 春は短し歩けよ乙女(映画) ハロルド&モード
悪童日記 キャロル(ブランシェット主演) HAPPY? PIL 鉄コン筋クリート(映画) 夕陽の群盗
蜘蛛女のキス アイムノットゼア 最後の晩餐(キャメロン・ディアス) からくりサーカス1 恋のゆくえ (ファイアー)
幽霊たち エデンより彼方に ベリーバッドウェデイング ユリイカ藤田和日郎特集 クレイジーハート
3(キリンジ) マグノリア コックファイター キ・ツ・イ シービスケット
インストール(映画) ショートカッツ スリ(ブレッソン) セシルカットブルース ローズインタイドランド

 

トゥルーグリッド 青春の蹉跌 男はつらいよ 自縄自縛の私(映画) 愛の渦
はじまりのうた サマーウォーズ クリアネス(杉野希妃) くちづけ(竹中直人・主演) 何者(映画)
迷い婚 時をかける少女(細田守) 禁忌(映画) ゴールデンスランバー
(映画)
告白(松たか子・主演)
マダム・スザーツカ 言の葉の庭 欲動(映画) カラスの親指(映画) 言語にとって美とはなにか下巻
天国からきたチャンピオン 狭心症(CD) ほとりの朔子 ホットロード(映画) 人情紙風船
喝采の陰で トイレのピエタ(映画) おだやかな日常 海月姫(映画) 生まれてはみたけれど
リバーランズスルーイット 日々ロック(映画) 東京原発 Goサインは1コイン 風の中の子供
ブリキの太鼓(映画) この国の空(映画) 統合失調症(岡田尊司・新書) 成りあがり 戸田家の兄妹
ブラザーフロムアナザープラネット サイタマのラッパー 欲望(板谷由夏・主演) ノルウェイの森(映画) 危ないことなら銭になる
股旅(市川崑) 百円の恋 シンプルシモン 恋の渦 刺青一代
         
         
         
人民は弱し官吏は強し マルサの女2 網走番外地 たたかう警官(原田) 花粉(ル・ポレン)
気まぐれ指数 阿Q正伝(マンガ) 幸福の黄色いハンカチ 警察vs警察官 BGM(YMO)
ブランコのむこうで 一房の葡萄 ケンタとジュンとカヨちゃんの国 知事失格 の・ようなもの
そして誰もいなくなった 中野重治(村の家) イニシエーションラブ(映画) 森ゆうこ検察の罠 十五 ALI ケータイ小説
時間砲計画 枯木灘 アキレスと亀 アメリカに潰された総理大臣たち パララックスビュー(映画)
忠次売出す 十九歳の地図(原作) アウトレイジビヨンド ニノチカ アメリカングラフィティ
猫町 坂口安吾随筆集・岩波文庫 嫌われ松子の一生(映画) 桃色の店 セントエルモスファイアー
文豪がよくわかる本
(福田和也)
「不連続殺人事件」(映画) サイドカーに犬(映画) うたかたの日々(マライア) ソラニン(映画)
志賀直哉・雨蛙 コミック雑誌なんかいらない セルピコ 昼も夜も(映画) ドニーダーコ
赤西蠣太(映画) トラック野郎 現職警官裏金内部告発 抱きしめたい(塩田監督) 書を捨てよ街に出よう(映画)
         
         
赤糸で縫い閉じられた物語 シークレットロード(映画) 北国の帝王 マネーボール 川の底からこんにちわ
ライ麦畑でつかまえて 聖なる嘘つき ロンゲストヤード アンチクライスト 色即ぜねれいしょん(映画)
巨人と玩具(映画) 愛は静けさの中に シャーキーズマシーン 錆びた黄金 婚前特急(映画)
ぐるりのこと(映画) グッドシェパード フィスト(映画) 影の獄にて 私のハワイの歩き方
クライマーズハイ(映画) モンスターズユニバーシティ   スリルオブゲーム 21g シャニダールの花
旅の重さ(映画) ロードトゥパーディション   グッバイガール バベル(映画、役所広司ら) 生きてる者はいないのか
vivaリンダ3世 火星のわが家 女神の見えざる手 あの日欲望の大地で おおかみこどものあめとゆき
サバンナ(象の映画) セッション(映画) バットマン(ニコルソン) ダーティーメリークレージーラリー 襤褸の旗
ギャラクシークエスト 野いちご 愛の狩人 パビリオン山椒魚 善魔(映画)
トイ・ストーリー マリアの恋人 噂の二人(映画) パンドラの匣
(映画)
 
紙風船(映画、岸田国士、芸大)
         
         
レイクサイドマーダーケース(映画) 雨月物語(映画) ぼんち(映画) シングルズ(映画) イカとクジラ
ソフィアの夜明け ウィルキンソン・ジンジャーエール レミー・シャンド あの頃ペニーレインと フランシス・ハ
スタンリーのお弁当箱 ポメラDM100ケース ロボコン(映画) 祭りの準備 脳内ニューヨーク
スプリングブレイカーズ パルタイ ボクたちの交換日記(内村) ルナ(ベルトリッチ映画) ファンタジーへの誘い
すべてはフィデルのせい いしゃ先生(映画) 青天の霹靂(映画) こころ(市川崑) JGバラード短編集
夢売るふたり フェーム グレースオブモナコ きつねのおきゃくさま おそるべき子供たち(映画)
アヒルと鴨のコインロッカー(映画) カケラ サイドウェイ アップルゲイツ 道(フェリーニ)
天使の分け前 リアリティ・バイツ ボトルドリーム 誰かの木琴(映画) オルフェ(映画)
ラフ(映画) ラブ・フィールド ウスケボーイズ(本) 川端康成・片腕・新潮文庫 生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言
はなればなれに(下手監督) ユメ十夜(映画) ザ・エージェント 大鹿村騒動記 ミスター・ミセス・ミス・ロンリー

 

写真家の女たち マラヴィータ シュア・シング サムバディ・トゥ・ラブ 赤いブーツの女
クライングゲーム 24アワーパーティーピープル テナント恐怖を借りた男 グレイス・オブ・マイ・ハート 蜜のあはれ
(映画)
かもめ食堂 ブラックスワン(映画) 水の中のナイフ 歌えロレッタ愛のために ハネムーンキラーズ
ビジョンクエスト青春の賭け ゼロ・ダーク・サーティ 反撥(映画) closet screenplay wikipedia 細雪(市川崑)
結婚の条件(ヒューズ映画) ネイティブ・サン(映画) デブラ・ウィンガーを探して 金曜日の天使(面影ラッキーホール、代理母) 結び目(赤澤ムック)
ドライブ・マイ・カー エンゼル・ハート 風立ちぬ(アニメ映画) 君よ憤怒の河を渡れ(映画) 無法松の一生(三船敏郎)
愛と憎しみの伝説 デュエリスト(リドリー・スコット) リトルロマンス 岡田克也『岡田語り』 ライク・サムワン・イン・ラブ
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マイ・インターン 泥の河(映画) 幽霊(北杜夫) ミルハウザー『バーナム博物館』 飢餓海峡(三國連太郎)
ヘイトフル8

アメリカン・スナイパー(イーストウッド)

福耳 ブルジョワジーの秘かな愉しみ

ハザード(園子温)

『忘れられないの』サカナクション

https://www.youtube.com/watch?v=BxqYUbNR-c0&list=RDBxqYUbNR-c0&start_radio=1

80年代(こんな感じだったっけか?)を意識してるのだという曲も映像も踊りも全てダサカッコいい。「ダサカッコいい」とはこのための言葉と思える。最後に嶋田久作が出てくるのも凄いが、間奏(ベースソロの直後)に、田代まさしによく似た手品師が出てくるのは狙ってるのか?

 

単にカッコいいのはサチモス『Stay Tune』。

https://www.youtube.com/watch?v=PLgYflfgq0M

東京事変の『能動的三分間』に似ていると指摘されるサウンドも良いけど、「頭だけいいやつ、もうgood night 広くて浅いやつ、もうgood night」という歌詞が良い。

でも、「Sexy な Mouth をほころばせて Peace な話を聞かせて Cool な視線で見つめて」というのは「カッコダサい」。サッチモ(ルイ・アームストロングの仇名)の複数形というバンド名もイマイチな気がするが、「ッ」を抜いて「サチモス」とするセンスは良い。「ホチキス」を連想させる。

 

最近のJ-POPはイイ曲が多い。良い意味でガラパゴス化している。ガラパゴス化する軽音楽という意味で「ガラケー」。