母に相談した翌日も、いつものように彼から電話があった。
「やっぱりマンション、買えない」
「どうしたの?何かあったの?」
遠まわしにだが、周りの人に、私が名義になって買うのはおかしい、と反対されたと伝えた。
彼は素直に「わかった。じゃあ、買うのやめよう」と言った。
「最初は今の自宅に住んでもらうつもりだったけど、だんだん住みにくくなってきたんだ。
(離婚したから元妻、子供が急に見えなくなって不思議に思っている)近所の人の目もあるし、だから近所づきあいはもちろん、ゴミ捨てもできず、父に実家にゴミを持って帰ってもらっているほどなんだ。それで別のところに住みたいって思うようになって。
かえでとデートしているとき、本当は俺が全部払うべきなんだけど、かえでが全部は申し訳ないって、少し払ってくれただろう?こんな人もいるんだと思って、欲がでてきたんだ。それでついかえでに甘えてしまった」
「お母さんか友達か知らないけど、その助言してくれた人の言うことは正しいよ。よくそう言ってくれたと思う」
どうしても「もしかしたら彼に騙されているのかもしれない」という疑いが拭えないので、
だんだん話すうちに、つらくなって、ついこれまでの不満を彼にぶつけた。
意地っ張りな私は、心にもないことを言って、彼に否定してもらいたかったのだ。
彼に甘えたかったのだ。
そして彼の本心が知りたかったのだ。
「私はもう仕事をしない。アトピーもひどいし。でもそれでやっていけるの?
最初は、共働きでも専業主婦でもどっちでもいいってりょうさん言ってたじゃん。でも、りょうさんの給料だけでやっていけないんじゃない?」
仕事をしないっていうのは本音ではない。彼がどう言うか試してみたかったのだ。
「結婚したら何とかなるって、そのときは思ってたんだ」
「りょうさんの給料でやっていけないんなら、最初にそう言ってくれたら何とも思わない。お金が足りないなんて、そんなこと、どうでもいいの。でも、やっていけないのに、やっていけるっていうのが嫌なの。前もそうだったでしょう?りょうさん、子供がいないってプロフィールに書いてて、実際はいた。子供がいてもいなくても関係ないの。それを最初に言ってくれなかったことが嫌なの」
泣きながら彼に今まで不満に思っていたことをぶつけた。
「結婚式できるの?できないでしょう」
「離婚してるから、そりゃ・・・・」
「家族にも従業員にも友達にも紹介してもらえない。私何も悪いことしてないのに。隠れて結婚って。私は祝福されたいの」
「要は結婚の体制が整っていないんじゃないの?それなのに結婚、結婚って。」
「私をだましたの? 周りの人から、だまされてるよって言われたの」
「私は自分に自信がないの。だからだまされてるって不安に思うの。幸せになりたいの。つらい思いはしたくない」
「かえでをだましてなんかいないよ。だましたって何の得にもならない」
「俺はかえでのアトピーのこと、心から心配もしてたし早く治ってほしいと強く思ってた」
「それならどうして、こんな体なのに私の名義にして、最初に決めてた藤沢駅よりさらに職場から遠いところのマンションに乗り気だったの?アトピーでつらいときは、仕事に集中できなくて、入院したいって思ってたほどなのに」
「わたしたちもうだめ」
「ちょっ・・ちょっと待ってよ。もう別れるってこと?」
「・・・・・・」
「そんなこと言わないでくれよ。じゃ、すぐに結婚してくれとは言わないよ。結婚は今すぐ考えられないんだったら、それでもいい、でも別れたくない。俺を支えてほしいんだ。かえでがいないと、だめなんだ。俺はかえでと結婚するか、一生独身でいるかのどちらかだと思う」
別れよう、と心にもないことを思わずここで言いそうになったが、必死でこらえた。
「それはこれからのりょうさんにかかっているんじゃない?よく考えてみて。結婚してからの生活を。
結婚したらどんな生活になるか、イメージしてみて。どのくらい収入と支出があるか、お金も計算して、やっていけるかどうか。私に合わせてりょうさんが我慢して、それが苦痛だったら、止めたほうがいいと思う。でも、やっていきたいって強く思える、やっていける自信があるんだったら、このまま別れないでやっていく。どうなの?」
「それは・・・やっていきたいよ。事前にそう聞いてしまったし」
「今までどおり、付き合っていくのでいい?」
「・・・うん・・・」
「(ほっとした様子で)よかったよ」
私が一方的に彼を責め立て、彼は何も反論せず、終始、しょぼんとしていた。
結婚の約束までしたほど真剣に愛した人だ。こんなことぐらいでは気持ちもすぐに冷めることはないし、簡単に別れることなんてできない。だが、騙されているかもという不安、アトピーで精神的に不安定にもなっていたことも加算し、つい感情的になって、別れる方向へ持っていくような話にしてしまった。
口ではこう言っているが、本音は、別れたくない、彼にはっきり、否定してもらいたかったのだ。そして強く言ってほしかったのだ。
『だましてなんかいない。心から愛している。どうしても結婚したい。結婚できるように頑張って体制を整えていくから、俺を信じてついてきてくれ』
この一言を待っていたのだ。これを言ってほしかったのだ。
彼の口から、確固たる信念を聞きたかった。