ここは日露戦争旅順要塞の攻防でロシア軍が日本に
降伏文書が調印された場所です
調べてみたのですが正確な地図を見つけるのとが出来ず
ガイドブックのざっくりした地図を元に駅から歩きました
地図では駅から2キロほどで幹線道路の西側
ひたすら歩きましたが、それらしきカンバンや表示はありません
駅から当分の間は人家も少なく、そろそろかなり歩いたなという距離に小さな町になってきて人がぼちぼち
歩いています
この辺りのはず…というあたりで聞くのとにしました
ちょうどおじいさんが向こうから歩いてきます
すみません水師営と言うのはどこですか?
ここが水師営じゃ
あっ!水師営会見所を探してます
会見所ならそこを曲がって真っすぐ行け!
ありがとうございます
んーでもやっぱりカンバンも何もないな…
歩いているとおじいさんが付いてきます
お前は日本人か?
はいそうです
水師営は真っすぐ行け!
はい ありがとうごさいます(歩いてるやん)
2元くれ
えっ?
2元くれ
(なんや金か…)
という事でこちらも助かったのでお金を渡すと
真っすぐ行け!
と嬉しそうに去って行きました
2元って日本円では40円ほど、バスなら乗れるけど
タクシーには乗れない金額…屋台でも何も買えない
中国の人にとっても
決して多くない金額だと思いますが…
そんなんでええんかなぁ(^_^;)
ひとしきり歩くとレストランのカンバンが上がった
場所に突き当たりました
???
本当にここなの?おじいさん間違ってないか?
駐車場に入っていくと…
あー良かった(o^^o)と写真を撮っていると
日本語で話しかけてくるお姉さん…
「入り口でチケット買ってくださいね~」
はいはい(^_^;)と戻ってチケットを買い戻ってくると
お姉さんが、「では案内します!」
あっ日本語ガイドが居るんだ!
中国で初めて日本語ガイドのいる場所にきました
建物は文化大革命の時に破壊され
今の物は写真なんかを元に復元された物だそうです
もともとは民家で野戦病院として使われていたそうです
ガイドさんいわく
「ここに来るのはほとんどが日本人です
中国人にはあまり人気の場所ではないですね~」と
「でも、尖閣以来、日本人観光客は極端に減りました」
なるほどだから日本語ガイドがいるわけだ…
ガイドさんが
「この木に見覚えありませんか?」と言います
?なに??
この写真を元に復元されたそうです
日本人には有名なこの写真です。確かに見たことある
故郷の下関出身の乃木希典()右側にナツメの木
(この時には2人の息子さんは
すでに旅順攻防戦で亡くなられていたそうです)
私の祖母は乃木さんの出身地とおなじ長府で
私の小さい頃乃木さんの話をずっとしていました
まるで同級生だったの?ってくらいいろいろと(^_^;)
(祖母は日露戦争くらいに生まれた人のはずですが
乃木さんが長府の人でしたので当時は同級生も
近所の人もまだたくさん生きておられて、
話を聞かされたのかと思います)
祖母が熱く語ってくれた同郷の乃木さんとの
時代を越えての接点が幼い頃の祖母の記憶を甦らせてくれました
あと詩吟では有名な乃木さんの漢詩もありました
ガイドさんが言うには
オリジナルは旅順刑務所にあるが今は公開されてませんということでした
この時点で午後1時次は旅順刑務所に向かいます







