ニッポン景観論 | 石川巧オフィシャルブログ「すべては三浦のために」Powered by Ameba

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一期一会を大切に、神奈川県議会議員石川たくみのブログです。
<私の目指す政治活動>
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 ○一人でも多くの三浦ファンを ○より身近な市政に

「壊してはいけない"眺め"がある。」


今日から「読書週間」が始まりました(11月9日まで)。

新潟までの行政視察の道中に、アレックス・カー著
『ニッポン景観論 』を読了しました。

「都市に限らず地方の小さな村にいたるまで、
国土が開発の手で"近代的"に変わり始めたのは60年代からです。
私が日本との絆を深めていく時期は、あらゆる山や川が、
どんどんコンクリートに覆われていく時期でもありました。
自然が残る田舎でも、京都のような歴史的な街でも、
首をひねりたくなる光景が増殖していて、それを見るたびに心の中には
激しい抵抗感が湧き上がりました。
でも、日本は世界の経済大国なのだから仕方ない。変化に抵抗したり、
昔を懐かしんだりする方が、時代遅れなのかもしれない、
と、自分自身を疑う気持ちにもとらわれました。

果たしてそうなのでしょうか。

そこで、国際的な目線から建設業や土木のことを調べることにしました。
すると、日本は他の先進国と違う道を歩んできており、
建設の規模は桁違いだということが見えてきました。
…(「美しき日本を求めて」、多くの人に伝えるために、講演データをまとめ)
ようやく本という形で出版されることになり、長年の夢が叶いました」

「建築の世界では、「景観工学」という名の学問があり、
世界中の都市計画でゾーニング(用途別の土地利用)や、
むやみな改築・改装の規制、建物の高さや建材と色彩の統一といった
工学的手法が適用されています。
日本でも景観工学に関する学術的な研究は盛んです。
ただし、欧米と異なるのは、その運用においてです。
日本では条件がそれぞれに異なる場所でも、全国一律の規制で縛り、
その単純で融通がきかない運用を景観工学と、とらえがちなのです。
その結果、何が日本に出現しているかと言うと、
こと細かな規制とは正反対の、複雑な眺めです」

「欧米だけでなく、今は北京、上海、香港、シンガポール、クアラルンプールと、
アジアの都市も徹底的に電線埋設を行っています。
いわゆる先進国の中で、電線の埋設が進んでいないのは日本だけです。
率直に言いますが、日本は電線・鉄塔の無法地帯でもあります」

「湯布院では、市民グループが大分銀行に「看板の高さを低くしてください」
と要望し、同銀行がそれを受け入れて、変えました。
看板が氾濫しているどこかの都市と、景観がすっきりと美しい湯布院。
私たちはどちらに行きたいと思うでしょうか」

「土木をはじめ建築の施工でも、日本の建設技術が世界でも類を見ないことは事実です。
しかし、土木工事における「先端技術」とは、
「環境に配慮して、簡素で周囲に溶け込む」ことが、本来あるべき方法のはずです」

「国の予算のうち、土木、建設が占める割合は、アメリカが8%、ヨーロッパでは
6~7%でしたが、日本は40~50%となっていました(2000年)。
土木、建設に関する雇用は、アメリカでは全雇用のうちの1%未満で、日本は12~14%でした。
桁違いです。一年に敷き詰めるコンクリートの量でいうと、
日本はアメリカのなんと33倍でした。おびただしい量のコンクリートが、
日本の山、川、海に流されていたのです」

「昔、中国の皇帝が宮中の絵師に、「何が描きやすいか」と聞いたところ、
「犬や猫は描きにくく、鬼は描きやすい」と彼が答えた、
という『韓非子』の中のエピソード…景観についても同じです。
電線埋設、看板規制、歴史的な街並みの保存、大学や病院の整備、
老朽化した構造物や看板の撤去など、そのような「犬馬」、
つまり地味なことには目が向けられず、その代わり、奇抜なハコモノは、どんどん建てられる。
バブル期以降、各地でそのような「鬼」が増殖しましたが、
一方、静かで目に見えない「犬馬」の部分は手が付けられなかったのです。
…私が問題にしているのは、建築家の作品が、
「その場所にふさわしいか」「用途・目的に適しているか」という基本的な検証がされずに、
予算ありきの中で建てられていく、その構図です」

「日本では多くの町が、受け継がれてきた歴史や伝統を抹消しようとしています。
どうしてそのようなことができるかというと、
住民が自分の町に対してプライドを持っていないからです。
ヨーロッパでたくさんの町が美しく残った理由は、観光促進が第一ではありませんでした。
地元のプライドが高いから、変な開発を許さなかったのです。
…古い町の景観とは、規制で救われるものではありません。
住民たちがその町を嫌いだと思えば、街並みは壊れていくのです。
町へのプライドをいかに持っているのか、が決め手です」

「行政が手がけるゾーニング(地域の用途、特性によって建築物を規制すること=地域計画)
が優れているか、いないかで、町の姿は大きく変わります。
…ニューヨークのマンハッタンは、3階以上に看板を掲げることを禁止していますが、
ブロードウェイはその規制から外されています。
パリやニューヨークはゾーニングの手法をうまく運用することで、
都市をアップデートして、現在へとつないできました。
京都も、旧市街と山際の景観を守りつつ、他のエリアは自由に開発を認めるような、
メリハリのある計画を実施すれば、パリやニューヨークに比肩する魅力を保てたはずです。
日本の都市では本格的なゾーニングは、ほとんど見られません。
都市計画は高さ制限、建ぺい率、斜線制限といった小手先の規制だけがただ発達し、
都市の景観を考慮した方策はおろそかにされ続けています。
…現在の京都の景観の醜さは、古いものがなくなったからではなく、
新しいもののつまらなさによるところが大きいのです」


「健全な観光には高度なテクノロジーが求められます。
景観に配慮せず、画一的に大型駐車場や自動販売機を設けるという手法は、
結局は時代遅れです。
繰り返しになりますが、私は、道路がいけない、観光客のための便利な施設がいけない、
金儲けがいけない、と言っているのではありません。
むしろ逆に、景観だってもっと経済的に発展させていかなければいけない。
そのためには、ハードウェアではなく、ソフトウェアの更新が必要なのです

「これまでに失った景観が、どれほど貴重なものだったか。
すでに失ってしまったのなら、次にどうやって取り返せばいいか。
みなさんもぜひ心に留めて、時には怒ってみてください。
そうやって、少しでもいい形で未来へ継承させていくことができれば、
私の言葉もけっして無駄にならないと思っています」

「日本の古い町がどんどん壊されていく。
昔ながらの商店街がシャッター街になり、田舎もさびれていく。
私はそのことをずっと憂えてきました。

(…長崎県小値賀島で私の取り組んだプロジェクト)
小値賀の本当の価値は公共モニュメントではなく、町に残る古民家にあります。
町から観光事業・まちづくり事業の相談を受けた時、
私はコンクリートの建物を作るのではなく、その土地ならではの古民家を改装し、
活用することを提案しました。
…私が手がけたプロジェクトを紹介すると、
「こんな何もない田舎で、そんなことをやって、果たしてお客さんを呼べるのでしょうか」
と、地元の人達に必ず聞かれます。
その質問の底にあるのは、戦後に根付いたネガティヴな「神話」です。
…小値賀と祖谷のように、香川県の宇多津と奈良県の十津川でも、
古い建物を宿泊施設に再生する、まちづくりのプロジェクトを手がけました。
祖谷は秘境リゾート、宇多津は町家、十津川は山小屋、というように、
すべて同じスタイルで行うのではなく、
その土地と風土と歴史に馴染む再生のあり方を意識しています
…国民の意識は、確実に良い方向へと変わり始めています。
町だけでなく、山、森林、海岸に対しても、新しい保全の動きが全国的に芽生えており、
「美しき日本」に向かって新しい希望が生まれているのです」



禅の言葉「明珠在掌(みょうじゅたなごごろあり)」。
昔、ある人が世界一光る珠を求めて旅に出ました。
その人は何十年もの間、諸国を回りましたが、珠は見つけられず、
最後に自分の掌の中にあったことに気づく、という謂れ。
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