黄色い線の内側まで下がれという。
そんな時、
あなたになんか指図されたくないわ!
と、反抗したくなる。
ついつい、白い線の外側で立ち尽くしてやる。

が、反抗してわかる、意味がある。
危ないから、注意を呼びかけるのである。
たとえば、道なかで置かれる、『飛びだし注意』『ねらわれている』看板。
私は関係ない、僕は関係ないことだ思うものだ。
だが、そういう人間に限って事件に巻き込まれる。
絶対はない。
きっと私は事件にあう。
もしかしたら明日ドバイの金持ちがやってきて、大金が貰えるかもしれない。
こうやって、仮定で世の中考えるべきなのだ。
つまり、社会が悪いわけではない。
人間には反抗したい気持ちや疑問が浮かぶものなのだ。
違う!と思った時、
(おばあちゃんが遺言変わりに送ってきた本の言葉から引用すると)
「たいてい他人の意見が正しい」
と心の中でもう一度問いかざせばよい。

ちなみにまだおばあちゃんは健在だ。
おばあちゃんは好きだが、厄介なのは、
私を大人しくて、頭のよい子だ!
と思っていることだ。
厄介だ!
つまり、おばあちゃんの前では猫を被っているのだ!
おばあちゃんの前だけは、被り続けなくちゃならない。