今日で阪神淡路大震災発生から20年目を迎えます。
あの当時、私は33歳でした。
一番、死者の数が多く被害が一番激しかった東灘区の御影に住んでいました。
今でのあの当時のことははっきりと覚えています。
死んでもおかしくない場所と状況の中で、生かされました。
あれから20年、この20年で何が変わったのでしょうか?
4年前に東日本大震災が起こり、原発事故が発生し、
多くの人が「原発はもういらない」と思っていても、
政策決定過程では全く逆のことが起こっています。
この国の「意思決定のメカニズム」に根本的な誤謬があるに違いないと多くの人が思っていても、
国政選挙ではオルターナティブが確立できませんでした。
自分自身が一番そのことを感じ、社会を変えていかなければならないと焦ってみても、
表面的には何も変わらなかったように思えます。
しかし、少しづつ人々の価値観、行動は確実に変化してきていると実感することはあります。
それは若い人たちの共感能力の高さです。
私達の上の世代の人たちは、自分との違いにフォーカスします。
私達の下の世代の人たちは、自分との共通点にフォーカスします。
どちらがうまくネットワークをつくることができるのでしょうか。
世の中が変化するときは一瞬かもしれなせん。
明治維新しかり、
第二次世界大戦の終戦しかり、
ひょっとしたら、今年がそのターニングポイントになるのかもしれません。
その時のために準備をしましょう。
あの当時、私は33歳でした。
一番、死者の数が多く被害が一番激しかった東灘区の御影に住んでいました。
今でのあの当時のことははっきりと覚えています。
死んでもおかしくない場所と状況の中で、生かされました。
あれから20年、この20年で何が変わったのでしょうか?
4年前に東日本大震災が起こり、原発事故が発生し、
多くの人が「原発はもういらない」と思っていても、
政策決定過程では全く逆のことが起こっています。
この国の「意思決定のメカニズム」に根本的な誤謬があるに違いないと多くの人が思っていても、
国政選挙ではオルターナティブが確立できませんでした。
自分自身が一番そのことを感じ、社会を変えていかなければならないと焦ってみても、
表面的には何も変わらなかったように思えます。
しかし、少しづつ人々の価値観、行動は確実に変化してきていると実感することはあります。
それは若い人たちの共感能力の高さです。
私達の上の世代の人たちは、自分との違いにフォーカスします。
私達の下の世代の人たちは、自分との共通点にフォーカスします。
どちらがうまくネットワークをつくることができるのでしょうか。
世の中が変化するときは一瞬かもしれなせん。
明治維新しかり、
第二次世界大戦の終戦しかり、
ひょっとしたら、今年がそのターニングポイントになるのかもしれません。
その時のために準備をしましょう。