日本リサイクル運動市民の会・らでぃっしゅぼーやが主催している六甲アイランド(人工島)の店「エコミューゼくらしの木」で働いているスタッフ久保の安否も気になる。女子一人ではさぞこころ細いことだろう。
自転車で六甲アイランドに向かう途中で、道に倒れているおじいさんを見つけた。急いで自転車を降りその人をだき抱えて
「おじいさん、しっかり、だいじょうぶですか」
「ああ、いや実は眠いんだよ」
「こんなところで寝ていたら皆、心配するから、もう少し歩くと学校があるから、そこまでいきなさい」
とおじいさんを歩かせた。

皆、どこか日常の感覚とずれている。
自転車を走らせているうちに不安になってきた。というのは六甲アイランドに向かう橋が無事なのかわからないからだ。
冷静になってみると、自分はこの地震の情報を全然持っていないことに気がついた。
ラジオをもっていない。当時はもちろんインターネットも今のように普及はしていない。今回の地震の震源地は、震度は、被害の大きさは、被害の地域は、死者は何名いるのか、基本的なことはなにもわからない。

六甲アイランドに近づくと港に続く道が泥だらけだ。「液状化現象」というものを当時は知らなかったので、地震の津波が海底の土砂を打ち上げたものとばかりに思っていた。島方面から人や車がやってくる。どうやら橋はつながっているらしい。しかし、橋はかなりの段差が無数にあるので自転車でも走りづらい。
島に近づいたときまた息を飲んだ。六甲ライナーのアイランド北口駅の手前でライナーの線路が落ちていたのだ。
島に入るとさすがに倒壊家屋はなかった。木造の家屋はなく、住居は全て高層マンションだからだ。しかし、マンションやビルに住んでいた人達、とりわけ40階ぐらいのマンションで寝ていた人達のことを思うとかなりの揺れを経験したに違いない。ファッションマートというアパレル業界の業種の人たちのオフイスがたくさん入っているビルの1階に「エコミューゼくらしの木」はある。店の内部は外から見えるので、覗いてみた。
店のなかは食料品がぐちゃぐちゃだ。幸いに建物は大丈夫そうだった。そこからすぐに久保の住んでいるマンションにむかった。
そのマンションはオートロックで普段は自由に入れないのだ。エレベーターが動いていないので階段で10数階登った。自転車で漕いできた足なのでそうとうへばっている。何とかたどりついて見たが電気が来ていないので真っ暗だ。ドアは当然開かないし、反応はない。久保はいないのだろうか。同じマンションの人に聞くがもちろんわからない。しかし、マンションにお住まいの方から部屋のなかは比較的無事だということを聞いて安心した。
後で聞いたのだが、久保はこのとき実家の和歌山にかえっていたそうだ。

六甲アイランドの街の中心部にリバーモールという人工の川がある。この川は水道水、上水が流れているのだ。このことを知っているのか住民は手にバケツを持ち、水を汲んでいた。この光景をみて「水があるからこの島は大丈夫だな」と思った。

次に「エコミューゼ」の店長の藤巻君のところに行こうと思った。彼の家は魚崎南町だ。生まれたばかりの赤ちゃんがいるので心配だった。また自転車を走らせ、島を後にした。
(つづく)


六甲アイランド
現在の六甲アイランド