去る2014年6月26日、山形市のホテルキャッスルで行われた「第12回山形県日韓親善協会定時総会」(会長:木村莞爾)に出席し「在日同胞脱北者が語る北韓の実情」と題した講演会で、ある脱北者の話を聴いた。脱北者とは北朝鮮から政治体制や生活環境を苦にして同国を脱出する人のことである。
ここでは脱北者をA氏と呼ぶ事にしよう。A氏は元工場労働者であり、様々な職を転々とした。A氏によるとベルリンの壁が崩壊した年(1989年)から、東欧からの様々な援助が途絶え、特に食料の不足で北朝鮮の国内は悲惨なことになったらしい。栄養失調で、人が道路上でバタバタと亡くなっていく。草やネズミを捕って食べる、知って毒草を食べ死んで行く者もいる。子どもを背負ったまま死んでいる母親もいたらしい。これらの光景はまさに「地獄」と呼んで間違いない。
罪を犯した者は、街のさらし者となる。罪と言っても、殺人や強盗ではなく、許可なく外国人と接したというだけでも罪になるらしい。挙げ句の果ては公開処刑。公開処刑は地域に住む全員が強制参加とのこと。地域のリーダーが出欠をとっており、公開処刑に欠席したものは、新たな罪が課せられる。1人の囚人に対し、処刑を行う者が4名就くという。各自3発ずつ囚人に発砲し、計12発が一人の人間の体を貫く。正視できない情景だろう。子どもにも強制的に見せる。地獄の光景を見た瞳には、この世界がどのように写っているのだろうか。
A氏は、このままでは国に殺されてしまうとの危惧から家族を置いて脱北した。中国経由で日本に逃れるのはまさに命がけの行為だったに違いない。逃げたくても逃げられない人は多い。
脱北者は日本において難民の指定を受けられないので、日本に来てからの生活が大変である。日本に住む在日韓国人らが「脱北者支援民団センター」を2003年に立ち上げた。定着支援金の支給や交流会の開催、就職、住宅の斡旋、日本語学校の斡旋や公共機関からの各種手続き補助などの支援活動を行っている。
幸いにA氏は現在までは、日本で無事に暮らしているようだ。しかし、昨年8月から北朝鮮に住む家族と連絡がとれなくなったとのこと。安否を確認する術はない。そして、北朝鮮では今も形を変えてこのような状況が残っているのか否かも私たちは知り得ない。
私たちの隣国の北朝鮮の真実はなかなか見えてこない。拉致問題も膠着したまま時だけが過ぎて行く。人と人が仲良くなるためには先ずお互い知り合うことが大切だ。国家間の関係も同様で、お互いを知らなければ前に進めない。私たちはできるならば市民レベルで北朝鮮の素顔をもっと知るべきであろう。
政府が信じられないことは東日本大震災の原発事故で学習したはずである。そして集団的自衛権の解釈による武力行使により、間違いなく私たちは危険な道へ1歩踏み出そうとしている。
そんな中で私たちができることは、①「事実を伝えること」②「自分たちの意思を表示すること」③「仲間を増やす」この3点だろう。
一人一人の行動は微力だろうが無力ではない。あきらめずに「声」を出し続けていきたい。
以上
ここでは脱北者をA氏と呼ぶ事にしよう。A氏は元工場労働者であり、様々な職を転々とした。A氏によるとベルリンの壁が崩壊した年(1989年)から、東欧からの様々な援助が途絶え、特に食料の不足で北朝鮮の国内は悲惨なことになったらしい。栄養失調で、人が道路上でバタバタと亡くなっていく。草やネズミを捕って食べる、知って毒草を食べ死んで行く者もいる。子どもを背負ったまま死んでいる母親もいたらしい。これらの光景はまさに「地獄」と呼んで間違いない。
罪を犯した者は、街のさらし者となる。罪と言っても、殺人や強盗ではなく、許可なく外国人と接したというだけでも罪になるらしい。挙げ句の果ては公開処刑。公開処刑は地域に住む全員が強制参加とのこと。地域のリーダーが出欠をとっており、公開処刑に欠席したものは、新たな罪が課せられる。1人の囚人に対し、処刑を行う者が4名就くという。各自3発ずつ囚人に発砲し、計12発が一人の人間の体を貫く。正視できない情景だろう。子どもにも強制的に見せる。地獄の光景を見た瞳には、この世界がどのように写っているのだろうか。
A氏は、このままでは国に殺されてしまうとの危惧から家族を置いて脱北した。中国経由で日本に逃れるのはまさに命がけの行為だったに違いない。逃げたくても逃げられない人は多い。
脱北者は日本において難民の指定を受けられないので、日本に来てからの生活が大変である。日本に住む在日韓国人らが「脱北者支援民団センター」を2003年に立ち上げた。定着支援金の支給や交流会の開催、就職、住宅の斡旋、日本語学校の斡旋や公共機関からの各種手続き補助などの支援活動を行っている。
幸いにA氏は現在までは、日本で無事に暮らしているようだ。しかし、昨年8月から北朝鮮に住む家族と連絡がとれなくなったとのこと。安否を確認する術はない。そして、北朝鮮では今も形を変えてこのような状況が残っているのか否かも私たちは知り得ない。
私たちの隣国の北朝鮮の真実はなかなか見えてこない。拉致問題も膠着したまま時だけが過ぎて行く。人と人が仲良くなるためには先ずお互い知り合うことが大切だ。国家間の関係も同様で、お互いを知らなければ前に進めない。私たちはできるならば市民レベルで北朝鮮の素顔をもっと知るべきであろう。
政府が信じられないことは東日本大震災の原発事故で学習したはずである。そして集団的自衛権の解釈による武力行使により、間違いなく私たちは危険な道へ1歩踏み出そうとしている。
そんな中で私たちができることは、①「事実を伝えること」②「自分たちの意思を表示すること」③「仲間を増やす」この3点だろう。
一人一人の行動は微力だろうが無力ではない。あきらめずに「声」を出し続けていきたい。
以上