「メイナー御影」マンションの西側の駐車場にはすでに多くの人達が避難をしていた。
マンション隣の酒屋さんの木造の家が崩れており一階部分が完全に埋っていた。
「この瓦礫の下に、おじちゃんとおばちゃんが埋まっています。どうか助けてください」という声がした。近所の人達が何人かでおばあちゃんの救出にあたっていた。自分もその救出部隊のなかに入り顔がかろうじて見えているおばあちゃんを救おうとした。
「救急車はまだか!」
「レスキュー隊はどうしている!」
そんな声があちらこちら聞こえている。
おそらく神戸市内の全域で同時多発的にこのような事態が発生しているのだろう。
この時はまだ震源地がどこかもわからかったが相当広域で被災しているのだろうと想像していた。
家が崩れ下敷きになっている人達を自分たちで救い出さなければならないことは誰もが気持ちのなかにあった。大きな梁におばあちゃんははさまれており、悪いことにスプリングのよくきいたベッドの上に埋まっているから梃も使えない。
思い思いの道具を皆の家から持ち寄り作業に当たったが、人力しか使えないので作業は思うように進まない。
「おばあちゃんしっかりするんやで、もう少しで助かるからな」と私は声をかけた。
「足が痛い、足が痛い、助けて、助けて」
何ともいえない時間がどんどんすぎていく。
鋸、バール、サンダー、盤旋カッターなど、いろいろな道具を使い、延べ15人ぐらいの人間がかかわったにもかかわらず、作業は遅々として進まない。
大きな梁をのこぎりで切ろうと試みたが、これもうまくいかなかった。
おばあちゃんの顔に埃がかかるのでタオルでふきながら作業をつづけた。
タオルを濡らすための水もでない。
自宅の風呂の水があったことを思いだし、妻道代にバケツでふろの水を汲むよう頼んだ。おばあちゃんがものすごい力で私の手を握る。
こんな力がこの老人にあるのかと驚くほどの力だ。
なんとか早く救い出さないとこの下におじいちゃんも埋まっているらしい。
道代が風呂の水を汲んで戻ってきたとき、高見代議士が現場に来た。
自分の部屋まで安否を確認しに来てくれたのだ。
「丸、無事だったのか。部屋にだれも居なかったので心配したぞ」
「どうもありがとうございました。ご家族の方はみな無事でしたか?」
「ああ、大丈夫だ」「俺のほうは、ずっと東京と連絡をとっている。たいへんな災害になった。」
「代議士、敦賀の原発は大丈夫だったのでしょうか?」
「それは心配ない」
「丸山はここで救助活動を続けてくれ、俺はこの状況を報告し続ける。災害本部を事務所に急遽設置するので、後で連絡をとりあおう」といって代議士は移動した。
さすがに昔から危機的状況には強い人だ。
政府の連絡は代議士に任せておけば大丈夫だと思った。

しかし、救出作業のほうは一向に進まない。
皆もあせりが見えてきた。
医師もやってきた。
ようやく、おばあちゃんを無事救出出来たのは10時近くのことだった。
4時間近くかかった計算になる。


おばあちゃんを家族が病院に運びその場は一段落した。
しかし、まだおじいちゃんがこの下に埋っているのだった。
家族の人も「皆さんありがとうございました。もうこれ以上は結構です。恐らくおじいちゃんはもうだめでしよう」と話していた。
残念ながら救出部隊は解散した。
皆、残された時間と労力を助かる可能性のある人を救おうということになった。

酒屋の若いご主人は自分のおじいちゃんがその場でまだ埋まっているので掘り続けようとした。
自分も手伝う旨ことを伝えると、「ありがとうございます。しかし、恐らくもう祖父は生存の可能性はないでしよう。他のどなたかまだ生存の可能性のある人を助けるお手伝いしてあげてください。」と言った。
辛い気持ちをやっとの思いででた一言。
彼の気持ちを察すると何も掛ける言葉がなかった。
(つづく)