一番最初に選挙にかかわったのが、1989年の参議院選挙だった。
反原発グループが結局、3つに分かれてしまい。全滅だった。
今から20年以上も前の失敗だ。

その後、数多くの市民派選挙をお手伝いしてきた。
勝つより負ける方が多かった。

環境主義の「さきがけ」や環境政党「みどりの会議」の事務局長もやらせていただいた。
残念だったが、私の力及ばすで、日本版「緑の党」までは届かなかった。
世の中を変えることはできなかった。
しかし、「聖火ランナー」のように次につなぐことはできたのかもしれない。

そして、ついにこの7月28日に、日本に「緑の党」が誕生した。

しかし、日本の状況はますます混乱し、未来が見えない。
その羅針盤たるべく「緑の党」がすすめていく活動の責任は大きい。
これからも大変だが、関わったものの責任として自分もこのムーブメントをサポートしていければと思っている。

日本らしい「緑の党」を創っていければと心から願う。