「言いたいことがあったら言えばいいじゃない」

「言わないとわからないでしょ」

「言ってくれないと理解のしようがない」

 

などと、おっしゃいますけれど、、、。

 

だんだんと。

言えなくなっていくんよ。

言わなくなっていくんよ。

 

言葉が消えていくんよ。

 

 

 

だってね。

こういう態度(↓)を取るじゃない。

 

 

話を聞くっていっても、テレビを観ながら、新聞を読みながら、スマホを触りながら、よそ見をしながら……「ながら聞き」

 

うれしかったこと、たのしかったことを弾む気持で伝えても、おもしろくない、つまらないって顔してる……「無感動」

 

聴いて欲しいことを口に出した途端、「ああ、それ〇〇だよね。知ってる知ってる。それってさあ」って……「話の腰を折る」

 

まずは話を聞いてもらいたいのに、「だからけっきょくなんなの?」「どうしたいわけ?」と……「結論優先」

 

気持ちを汲んで共感して欲しかったのに、「そんなんじゃダメだ」「それくらいのことで文句を言うな」と……「否定する」

 

話している途中なのに、「それって誰が言ったの?」「まわりには誰がいたの?」と……「詰問する」

 

体調が悪かったり、気持が弱ったりしたとき、ちょっと弱音を吐いた途端…「いきなり励ましとアドバイスをする」

 

 

これは(↑)、ネットで調べものをしているとき、たまたま見つけた『家庭内の会話でバレる!「人間関係が下手」な人』っていう記事を読んで、すっごく納得したので。

 

https://toyokeizai.net/articles/-/300185

 

 

(記事には、じゃあどうすればいいか。っていうアドバイスも書いてあるので、興味のあるかたはご覧になってくださいませ。)

 

 

 

そう。

こういう態度を取り続けられたら、話せなくなるし、言葉が消えていくのよね。

 

「傾聴」っていう意識が広まってはきたけれど。

 

 

親とか上司とか、先生とか先輩とか、自分のほうが相手より「上」って思っているひとは、

 

「ながら聞き」「無感動」「話の腰を折る」「結論優先」「否定する」「詰問する」「いきなり励ましとアドバイスをする」

 

陥りやすいよね。

 

そして、こういうことをされたら、子どもとか部下とか、生徒とか後輩とかは、話がしにくくなるね。

 

だから、大切なひとには、大切なひとの話は、しっかり聴きたい。

 

(っていうか、大切なひとが話していたら、自然と耳を傾けるものだと思うけれど、こういう態度を取ることが癖づいているひとは、ついそうなちゃうんだろうな。)

 

自分自身との対話のときにも、気をつけよう。

 

ここ数年、夫とのコミュニケーションがどうも噛み合わなかったり、夫の出す音(げっぷ、おなら、咀嚼音、生活雑音など)が耳について、イヤだなあって感じることが増えてきたのだが。

 

これは、わたしが更年期であるというのも関係しているのだろう。

 

更年期の症状にはいろんなものがあるというけれど。

わたしの場合、思春期の娘が自分の父親を避けたり嫌いになるのと似たような症状、精神状態があらわれている。

 

 

ホルモンバランスとか、思考とか嗜好とか志向とか、いろんなものが切り替わるときなんだろうな。

 

むかし、夫は言っていた。

 

「海外では、オナラよりゲップのほうが下品とされているそうだよ。

ま、どちらも人前でするもんじゃないけどね」

 

そう言っていたのに。

確かに言っていたのに。

 

 

いまでは、

 

げぇぇぇぇっぷ!

ぶぅぅぅぅぅぅっ!

 

おまけに、食べるときは、

 

くちゃくちゃ、くちゃくちゃ!

 

とにかく音がすごいのよ。

 

それらを平気でやっている。

平気というか、あえて高らかに鳴らしているのか?と思うほど。

 

 

むかしはカッコつけてたのかなあ。

いまはカッコつける気も、エチケットも、マナーも、なくなってしまったのかなあ。

 

やめて欲しいって言ったら、逆ギレされたし。

 

 

歳を取ると、無頓着になるのかなあ。

デリカシーがなくなるのかなあ。

ひとがどう感じるかなんて、関係なくなるのかなあ。

 

 

今日も盛大に、

 

げぇぇぇぇっぷ!

ぶぅぅぅぅぅぅっ!

 

していたなあ。

 

やっぱり、イヤだなあ。

 

イヤだって言って、キレられるのも嫌だなあ。

イヤだって言えないことも、嫌だなあ。