妊娠
私のお腹には、大好きな人との子どもが宿っていた。
この上なく幸せだった。
――でも、その幸せは、あっけなく崩れていく。
妊娠がわかってしばらくして、つわりが始まった。
それは想像を超えるほど酷かった。
朝も昼も体が重く、布団から起き上がれない。
匂いという匂いが駄目になり、
料理なんて到底できない。
食べ物も飲み物も受け付けなくなって、体重は一か月で5キロ落ちた。
仕事にも行けなくなった。
会社に居づらくなり、私は退職した。
きっと、元夫には“ぐうたら”に見えていたんだと思う。
「妊娠は病気じゃない」
それが口癖だった元夫は、少しずつ本性を見せ始めた。
つわりで動けない私に、平然と言う。
「他の妊婦は仕事しながら普通にやってるよ」
「一日中家にいるのに、なんで掃除できないの?」
そう言って、部屋の隅に溜まった埃を指差す。
「うちの母親は、妊娠中でも仕事も畑仕事もしてたって言ってたぞ」
言葉の暴力だった。
私は言われるたび、布団の中で泣いた。
声を殺して泣いた。
でも、それすら――
「泣けばいいってもんじゃないだろ」
怒鳴られる原因になるだけだった。
元夫はすぐ怒る人だった。
思ったことをそのまま口に出す人だった。
だから私は、いつしか“怒らせないこと”ばかり考えるようになっていた。
顔色をうかがって、機嫌を読んで、生きるようになっていた。
マスクをして朝ごはんを作る。
お昼のお弁当を作る。
吐き気を堪えながら夜ご飯を作る。
それを、当たり前みたいに食べる夫。
(私がちゃんとできないから悪いんだ)
(他の妊婦さんみたいにできないから、怒られるんだ)
私は、ずっと自分を責めていた。
もう、私は消えてしまったほうが良いのかなって思うたびに涙が出た。