今回はヨーロッパの高速鉄道の話です。
ヨーロッパの高速鉄道はといえば、いまとなればヨーロッパ中にネットワークを広げているのですが、そんな流れの中、静かに消えていった高速列車があったことを、ご存知でしょうか。その短命ぶりといえば国内運転開始から数えてもわずか3〜4年。
オランダ高速鉄道のフィーラ(Fyra)と申します
■オランダとベルギー間の高速列車計画
フィーラ (Fyra) は、オランダ高速鉄道とベルギー国鉄が計画した国際高速列車でした。
投入される高速列車は、イタリアのAnsaldoBreda社が製造したV250と呼ばれ、最高速度250 km/hを実現するコンセプトで登場しました。
ちなみに、オランダ高速鉄道という法人ですが、オランダ国鉄が90%、KLM Royal Dutch Airlinesが10%所有するHigh Speed Allianceの運営名でした。当初の計画では2011年に2,600万人の乗客を運ぶと予想され、この内約1800万人は、アムステルダム-ロッテルダム市場の35%のシェアを含む国内サービスに使用される予測まで立っていた、オランダ期待の列車だったわけです。
■運転開始当初のダイヤ
フィーラのダイヤが確認できる手元のトーマスクックヨーロッパ鉄道時刻表は、2010年冬春号です。その紙面は下記の通り。⚡マークがフィーラ号の印です。アムステルダム〜ロッテルダムの約80Kmを40分で結ぶ列車を1時間毎に運転していました。
その後、少しづつ運転区間を伸ばしていき、ピークでは、アムステルダム中央駅〜ブリュッセルへは2時間に1本、アムステルダム〜ブレダは30分に1本の頻度で設定されていました。それが下記の紙面(2013年冬春号)です。
■国際列車から国内の高速列車に没落、そして運転休止
しかしながら、試運転開始の時期遅延、度重なる車両故障、営業運転開始後の遅延、運休が発生し、ベルギー国鉄が業を煮やして運転停止を通達したという、なかなかの紆余曲折の経緯ももつ列車となりました。
細かいトラブルについては、ここでは触れませんが、ダイヤにおいても、明らかな変化が出ます。アムス〜ブリュッセルの列車に記号付き注釈が入ります。
下記は2013年夏・秋号の紙面。「Suspended under further notice (追って通知があるまで休止)」かなり異例な記事と思っていいです。
ちなみに、フィーラが運転休止になって困ったでしょう、と言いたいところですが、
すでに同区間には高速列車タリスが綿々運転されていたので、利用客にとってはそれほど痛手ではなかったと
思われます(両方向矢印↔がすべてタリスです) 下記がフィーラ末期、2013年夏秋号の紙面です。
その後、追って再開目処がたたないまま運転休止になっているようですね。ベルギー国鉄、相当の「激怒」だったようです。ちなみにオランダ国内の運転もオランダ高速鉄道も2013年6月3日に撤退を表明していますので、この時刻表の有効期限は、2013年6月9日からですので、出回った頃には運転休止されたという、文字通り幻のダイヤとなったようです。
ちなみに、このフィーラのために製造されたV250ですが、数年後にTrenitalia(イタリア)に売却され、国内列車フレッチャルジェントとして2018年12月から運転開始されたようです。結局生まれ故郷に帰っていく、イタリア生まれの車両に運命を感じました。
また、このフィーラですが、「高速鉄道」なので線路も引いていますが、その線路自体は現在もタリスはじめ、国内列車が利用する大動脈となっていることも付記しておきます。
今回は以上です。
参考資料
European Rail Timetable 日本語解説版 2010年夏秋号、2013年冬春号、同年夏秋号 ダイヤモンド社
参考サイト
https://www.railjournal.com/opinion/fyra-problems-could-be-more-political-than-technical
https://ja.wikipedia.org/wiki/フィーラ
カバー写真・本文内写真 Wiki05, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で