幼い頃、夕食がすんでしばらくすると、テレビのバカ騒ぎをよそに
家族みんなが黙り込んでいるのに、ふと気付く。
父も、母も、二人の姉たちも、各々の姿勢でテレビと自分との間にある空に目をやり、
心の中のどこか遠いところのことを、思っているように見えた。
あれは、遥かな遠く、いつか、どこかで
青空を、厳かな獣みたいな雲が次から次へと渡っていったこと
近所の蔵の白壁を、夕日が真っ赤に染め上げていたこと
帰り道、苔むした石垣にトカゲがツツと逃げ込んだこと
雨降りに、誰かを待ちながら、幾台もの車がシューシューと水を撥ねて
行き過ぎるのをながめていたこと
ひぐらしのカナカナがやけに響く薄暗い部屋で、ノートに何か落書きをしていたこと
そんな類のことを、思っているのだろうと思った。
そこでぼくは はっ とする。
みんなが、じきに、これまで忘れていた何か本質的な用事を思い出して、どこかへ行ってしまうのではないか。
「お、そうそう」
「あら、やだ」
「そういえば」
「そろそろね」
などなど ひとり、ふたりと出て行って、みんないなくなってしまう。
そうして、残されたぼくも、きっといつか心の命ずるままにここを出て、どこか遠くへ行く。
そうしたら、ぼくたちが家族をやっていたこの部屋には、テレビのバカ騒ぎだけが響き続けるだろう。
と、ここまで思い描いたところで、寝室から決まって母の声がするのだ。
「最後の人はテレビちゃんと消してよね」