家族がいた部屋 | うーわ!木がいっぱい生えてきた ~エッセイ・備忘録ブログ~

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考えたことを

①忘れないようにするため
②不特定の方と共有して、ご意見等いただきたく

ブログに書くことにしました。

幼い頃、夕食がすんでしばらくすると、テレビのバカ騒ぎをよそに

家族みんなが黙り込んでいるのに、ふと気付く。


父も、母も、二人の姉たちも、各々の姿勢でテレビと自分との間にある空に目をやり、

心の中のどこか遠いところのことを、思っているように見えた。


あれは、遥かな遠く、いつか、どこかで


青空を、厳かな獣みたいな雲が次から次へと渡っていったこと


近所の蔵の白壁を、夕日が真っ赤に染め上げていたこと


帰り道、苔むした石垣にトカゲがツツと逃げ込んだこと


雨降りに、誰かを待ちながら、幾台もの車がシューシューと水を撥ねて

行き過ぎるのをながめていたこと


ひぐらしのカナカナがやけに響く薄暗い部屋で、ノートに何か落書きをしていたこと


そんな類のことを、思っているのだろうと思った。


そこでぼくは はっ とする。


みんなが、じきに、これまで忘れていた何か本質的な用事を思い出して、どこかへ行ってしまうのではないか。


「お、そうそう」

「あら、やだ」

「そういえば」

「そろそろね」


などなど ひとり、ふたりと出て行って、みんないなくなってしまう。


そうして、残されたぼくも、きっといつか心の命ずるままにここを出て、どこか遠くへ行く。


そうしたら、ぼくたちが家族をやっていたこの部屋には、テレビのバカ騒ぎだけが響き続けるだろう。


と、ここまで思い描いたところで、寝室から決まって母の声がするのだ。


「最後の人はテレビちゃんと消してよね」