ママが死んでからは、パパの情緒が かなり不安定なものでした。幼い私でも気を遣うぐらいだったと思います。そんな中、私には強い味方がいました。それは、「お婆ちゃん」です。
もちろん、お姉ちゃんも味方してくれましたが、ちょくちょく裏切られましたw。
お姉ちゃんの裏切りは、パパの情緒不安定や不機嫌により発生したものと思われます。
今ならよく分かります。ママが死んだ後は、お姉ちゃんが身を守るために嘘をつき、責任を私になすりつけ、生贄としてパパに私を差し出したことを…w
パパは、暴力は滅多!?にふるいませんが(時々殴られましたがw)、声が大きくて威圧的な態度と言葉で攻めてきます。近所のヤンキーもタジタジになるのを何度も見たことがあります。
旦那「今の性格は、お義父さん譲りだな (゚∀゚)アヒャw」
私 「は?💢」
旦那「僕の車の運転に不服があるとマジパンチ来るやん!」
旦那「しかも、車の運転中にww」
私 「はあ!?お前の運転が危ないっちゃろーも!💢」
私 「無理な追い越しやら無駄にスピード出して曲がったりするやんか!」
旦那「あんなの僕の日常やんw」
私 「オイっ!!💢」
旦那「・・・」
私 「あんま調子こいとったら・・・」
私 「鼻から指を突っ込んで脳みそ出すぞ!コラっ!💢」
私 「あ”ーあ!?💢」
私 「ゴチっ!!👊」
旦那「ご…ごめんなさい…調子に乗りすぎました…(T_T)」
ったく…旦那がチャチャを入れて来ると話が進みません。
あ!暴力はしません!愛のムチは入れますw
スミマセン💦
話の続きをお話します。
近所のヤンキーもタジタジになる、パパの声と迫力は凄まじいものがありました。そんなパパに実は身体に障害があって、パパの右足は右足首から先が無くって、右足が不自由で義足を付けています。にも関わらず、なかなかの足の速さで、怒鳴りながら相手に近づき、ヤンキーを大声で威嚇するさまは、さながらトラに睨まれた子猫ちゃん!?いや、ヘビに睨まれたカエルみたいでした。
そして、パパは容赦なく、お姉ちゃんと私を躾(しつけ)という名のもとのセッカンを受けます。(*セッカンであって、暴力じゃないですw。)そのセッカンは、女の子をシバくには、加減というものを知らないのかと思えるほどの力で殴るため、タンコブやアザがあったのは日常茶飯事でした。
(*もう一度言います。セッカンであって、暴力じゃないですww。)
今じゃ、虐待と捉えられても仕方ありません。
でも問題にならなかったんです!
あの時代は、「親」も「先生」も「近所のおいちゃん」も、男だろうが女だろうが殴る時代だったのですw
旦那「あの時代!?」
旦那「いつの時代w?…昭和レトロww??」
旦那「自称、永遠のハタチって… (´ε` )プッwww」
私「👊ボキッ❗」
私「・・・」
旦那「(-_-;)マジごめんなさい・・・」
ったく・・・
話が途中でごめんなさいm(_ _)m
とにかく殴られるのは当たり前の時代だったのです。
今では考えられないですよね!
でも、「実の母」というのはすごいですね!
一緒に暮らしてた おばあちゃんは、父方のおばあちゃんでしたが、パパの怒鳴り声にもタジること無く、パパを軽くあしらう姿を見て、スーパーおばあちゃんだと思っていました。
どうして、怖いパパをあんなふうに扱えるのかが分かりませんでした。今になって、ママになった私は、おばあちゃんの強さや冷静さを理解できるような気がします。
おばあちゃんは、私に似て!?小柄です。身長が145cmしかなく、とっても細くて痩せていました。
そして何と言っても「優しい」のです。
私はおばあちゃんの怒るところを一度も見たことがありません。どんな人でも一度や二度くらいは怒る事があるでしょうが、おばあちゃんの怒った姿を見たことが無いって、どんだけスーパーおばあちゃんなのでしょうか…💦
そのおばあちゃんのおかげで、子供の頃に随分と助けられました。
今日はここまで
読んでくれてありがとうございます。
感謝します。
