私の生い立ちについて、少しお話をします。
私の兄弟は2人姉妹…ってか、一般的になんで「兄弟は?」と聞くのかね??
姉妹は女のみで構成されてるのは分かるけど、兄弟は、男のみの構成と、男と女の構成を言うじゃないですか!
女だけ言い方が違うのおかしくない?
差別??
それとも異端児扱い???
「おとこ、おんな」「年上、年下」人間みな平等じゃないですか!
順番はだれがどの順番でも良くないですか?
ということで、私が考えるには…
男のみの構成は「兄弟」
女のみの構成は「姉妹」
男と女の構成は「兄姉弟妹(けいし ていまい)」もしくは…
「弟妹姉兄(ていもうしけい)」
ていもう しけい=剃毛死刑
(。ŏ﹏ŏ)う〜ん
すね毛や顔、デリケートゾーンまで剃毛のワタシって…死刑 (ToT)/~~~
やっぱ、昔の人すごいね!
ちゃんと年長者を敬う順番が決まってる!!
ということで、年上の兄・年下の弟の「兄弟」に落ち着きま…
いや、違う違う!
私はこんなところで屈したりしない!!
ならば、これでどうですか?
「兄姉弟妹」と書いて(家族構成何人おるん?)という読み方w
読み方が長い!
長過ぎる!
じゃあ、これで!!
「兄姉弟妹」=ミックス(読み方)
ヽ(´ー`)ノわーい
これにしましょう!
ね?ね?これ良くないですか??
え!?カタカナじゃないかって?
仏蘭西=フランス ⇐ こういうのがある (゚∀゚)
独国=ドイツ ⇐ こういうのもある (#^.^#)
米国=アメリカ ⇐ うふふ (´ε` )
国の名前ばかりというクレームは受け付けませんw
ここに来て、ようやく決まりました!
これから皆様も兄弟のことを聞くときは
「ミックスは?」
と聞いて下さい。
きっと通じませんww
話が進みません (T_T)
気を取り直して生い立ちを…
現在、私は二人姉妹と父が居ます。母は物心ついたときには居ませんでした。母は私が3歳の時に病死してしまいました。母の記憶は3歳だった私のおぼろげな記憶しかなく、はっきりと覚えていません。
しかし、私が雲の上でママを探しているときのことを覚えています!
は?なに言ってるの??と思う方もいらっしゃいますが、ヨタ話と思って聞いて下さいね。
私も目に見えるものしか信じません…
旦那「幽霊は信じるのにw?」
私「は?💢」
旦那「朝のTV占いは信じてるのにww?」
私「・・・💢」
旦那「都市伝説は・・・ 」
私「バキッ!」
私の旦那は「M」としか思えません。
毎回毎回、チャチャを入れてきます。
私の擬音「バキッ!」は暴力ではありません。想像にお任せしますw
話がまたまた進みません(T_T)
ごめんなさい。気を取り直して、先に進みます。
私が雲の上でママを探しているときのお話です。
たくさんの天使たち(子供)が雲の上で、自分が生まれる母体を探しています。天使たちはそれぞれのテーマを持って生まれようとしています。
「僕はね、あのママがいい!だっていつもいじめられてるから、僕が守ってあげるんだ!」
「私はね、あのママのお話相手になってあげたい!だって寂しそうなんだもん!」
「ぼくはね、ちょっと臆病だからお試しで、あのママに行ってくるよ!怖くなったら一度ここに戻ってくるよ!」
「あたしも臆病なの!でも、あのママが良かったから、もう一度あのママのところに行ってくるよ!」
「ぼく…ぼく…臆病でごめんなさい!あのママのところに行ったけど、やっぱり地上に行くのはもう少しあとにするよ…」
さまざまな天使たちが、いろんな理由をつけて地上に行ったり、雲の上に帰ってきたりしています。
おそらく、妊娠して生まれてくる命や、妊娠しても流産したり死産したりするのも、天使たちの行動によるものかもしれません。
信じなくてもいいんですよ〜
私も目に見えるものしか信じませんから (^_^;)
私も天使だった頃に
「あのママがいい!だって寂しそうだし、お姉ちゃんが居てくれるし、パパが厳しすぎるからママを励まして元気づけたいんだ!」
という理由で選びました\(^o^)/
パパが怖かった分、ママもお姉ちゃんもお婆ちゃんまでも優しかった!
ママがいつも弱みを見せなくて、お姉ちゃんや私に優しく接してくれていた。
幼い私が泣くたびに、パパは怒っていて、それをママが かばうのです。お婆ちゃんやお姉ちゃんもかばってくれて、私はとても嬉しかった気持ちだけは、幼いながらも今でも覚えています。
そんな厳しく強かったパパも…
私が3歳を迎えたすぐに…
「ママが死んだ」
パパは元気を無くした…
パパは落ち込んだ…
パパは優しくなった…
そしてパパは…
私を抱きしめ…泣いた
あれだけ怖かったパパが私を優しくしてくれて泣いた。パパはママが死んだのは自分のせいだと、当時も今も責め続けている。
幼かった私はママが死んだことよりも、パパが優しくしたこと、泣いたことによる悲しみだけはおぼろげに覚えている。
おばあちゃんやお姉ちゃんも悲しんだこと、泣いてることもおぼろげに覚えている。
私はママを元気づけたかったのに、私はママを守りたかったのに、それが出来なかったことへの罪悪感が次第に湧いてくるのを感じられた3歳から4歳ぐらいの出来事です。
幼い私は
「何も出来ない」
「悲しい」
「寂しい」
「怖い」
やるせない気持ちを抱いたまま幼少期へと進むのでした。
今日はここまで
読んでくれてありがとうございます。
感謝します。