
演奏 ナタン・ミルシュタイン
録音 1975年
昨年末、このブログに「ヨーロッパ音楽の原風景を探る」という素人記事を書いて以来、バッハの音楽の
中に流れる「民俗的」な部分に、いっそうの深みを感ずるようになりました。
(ご参考まで) http://blogs.yahoo.co.jp/marty1010921/43838595.html
特に「無伴奏バイオリン・ソナタ&パルティータ集」を、ナタン・ミルシュテインのいぶし銀のような
情感を押さえた演奏で、改めて聴き直しているところです。
どこにでもある何気ない田舎町、斜めに没陽が射しこむ中、遊びに興じる子供たちのさざめきと
長く伸びた、やわらかな影・・・
乾いた空気が、そっと頬を撫で、安寧と和平に満ち満ちた風景が広がっていきます。
大変にさりげなく、そしてノスタルジック・・
バロックの尖塔に囲まれた教会の風景とは、全く違う心象風景です。
最近、神田神保町を歩いていて『ロシアから西欧へ-ミルスタイン回想録』(春秋社 青山茂+上田京 訳)
という本を見つけ、殆ど半徹で一気に読みあげ、改めて 演奏者の波乱に満ちた生涯に感銘を受けました。
書評の通りなのですが「政治・社会論から芸術観や教育問題まで、幅広く語られる、貴重な二十世紀の証言」
だと思います。
ミルシュタインについてグーグルで調べていたら、こんな面白い記事にぶつかりました。
******** ここから。(丸写しです。ちょっと長文ですが・・・)*****
ミルシュテインさんは、1903年12月31日にロシア、オデッサで生まれました。
リヒテルさんと同郷で、12歳年上となります。
ロシア革命後のしばらくロシアにとどまり、ホロヴィッツさんと組んで演奏旅行をしていました(豪華!)
そして、亡命。
詳しい話は省いて、リヒテルさんをどう見ていたかをご紹介します。
『オイストラフが初めてアメリカにきたときはセンセーションを巻き起こした。
チケットを手に入れることは殆ど不可能だった。けれど、その後の演奏会では多くのチケットが残っていた。
同じことがピアニストのスヴィヤトスラフ・リヒテルのときにも起こった。
彼のニューヨークでの最初のコンサートはまるで火星人の到着のように報道されたものである。
今日ソヴィエトの芸術家が西側に来ても、そんなセンセーションにはならない。
二度と呼ばれない演奏家もいる。彼らにはもう興味がない、というわけだ。
ソヴィエトのピアニストはよいが、かといって他のピアニストよりもよいというわけではない。
彼らには神秘的なところなど何もないし、リヒテルにしてさえもそうである。
リヒテルのピアノ、バーンスタインの指揮で、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番とリストの
ピアノ協奏曲第二番をニューヨークで聴いた。
テクニックに関する限り羨ましくなるくらいであったが、音楽的には、リヒテルとバーンスタインという
全く正反対の個性どおしの不釣合いなぶつかりあいでしかなかった。
リヒテルは決して情熱にまかせるピアニストではない。彼はすべてをコントロールしようとしていたのに対し、
バーンスタインは指揮台からころげ落ちらんばかりに体を動かしていた。
****** ここまで、にしときましょう。 ******
時代の荒波を超えてきた経験が生み出す一種ニヒリスティックな感性が見え隠れします。
そんな、ミルシュタインが奏でるバッハは、何処か達観した侘びを感じさせてくれるのも
無理からぬことなのかもしれません。