今日は初代天皇「神武天皇」の神社、「橿原(かしはら)神宮」にやって参りました。
故かく、荒ぶる神等を言向け平和(やは)し、伏(したが)はぬ人等を退け撥(はら)ひて、畝火の白檮原宮(かしはらのみや)に坐して、天の下治(し)らしめしき。 (『古事記』 久米歌)
こうしてこのように、荒々しい神どもを平定し、服従しない人どもを追い払って、畝傍の橿原宮においでになって天下を統治なさった。
その旅は荒ぶる神々や豪族を平定しながら続き、ついに大和に行き着いて天下を統治することになります。
その統治を始めた場所がここの「橿原神宮」です。
毎年2月11日の「建国記念の日」は神武天皇が天皇に即位した日といわれています。
当然、その日は橿原神宮でもお祭りが開催されています。
戦争の反省で神話教育がなくなっていますので
私も最近まで、誰が建国した日なのか知りませんでした。
『古事記』を読んでいると国の経緯がわかって面白いですね。
<参考>
八咫烏神社http://ameblo.jp/martin42mec/entry-11505549716.html
石上神宮http://ameblo.jp/martin42mec/entry-11500617983.html
「神武」という漢字二文字の名前は平安時代に制定されたそうです。
神武天皇は『古事記』の中で「神倭伊波礼毗古命(かむやまといはれびこのみこと)」と呼ばれています。
この神倭伊波礼毗古命という名前は
「神」 → 称号 「神聖な」
「倭」 → 大和ヤマト(地名)
「伊波礼」 → 磐余イワレ(地名)
「毗古」 → 尊い男子
に分けることができます。
ようするに、「神聖な大和の磐余の尊い男子」という意味なのです。
一方で、次のような意見もあります。
「伊波礼」の部分を「言われ」、つまり「由緒」、「由来」や「起源」などと読み、
「神聖な大和の起源となった尊い男子」と解釈する意見です。
初代の天皇ですので、
「国の始まりを表現する名前」と解釈するのが良いという意見です。
いずれにしても『古事記』の内容に問題はないのでどちらでも良いすがね(笑)
神武天皇は137歳で崩御されます。
めちゃんこ長生きですね。
しかし、神さまであれば寿命などありませんので、この頃から『古事記』の内容が人間らしくなっていくように感じます。
また、神武天皇は実在しなかったと言われています。
神武東征の記述に不自然な点が多いからです。天皇即位後の功績もほとんど残っていないそうです。
従いまして、神武天皇は神話と現実をつなぐために創られた登場人物だといわれています。
橿原神宮はとても広くて開放感が抜群でした!巫女さんや神職の方も頻繁に行き来してましたし、ちょうど結婚式もやってました。とても生き生きした神社だなぁと思いました。
おわり