アップル・レコードに関する疑問とバッド・フィンガーのお話 | EVERYBODY'S TALKIN'/噂の音楽四方山話

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60年代~70年代の洋邦楽、ジャズ、クラシックの個人的に好きな曲のみをご紹介いたします。また自分のライブハウスでの弾き語りなどの情報、その他の趣味なども。

 今回はアップル・レコードのお話ですが、長年の疑問について、ご存知の方にお教え頂きたいことがあります。それはビートルズのアップル・レコードでの第1弾アルバムは「ホワイト・アルバム」なのか「ヘイ・ジュード」なのかという点。ビートルズ関連の書籍やブログでも、上記二枚のどちらかの説で意見が分かれておりどちらが正しいのか分かりません。つまりある本ではそれは、「ホワイト・アルバムだ」と断言しているかと思えば、別のブログでは「ヘイ・ジュードだ」と言っている状態です。


 またひょっとすると、どちらも正しいのかもしれません。つまり本国イギリスでは「ホワイト・アルバム」、日本では「ヘイ・ジュート」なのかも知れません。(「ヘイ・ジュード」は本国では発売されなかったことも分かっています)
 実はこのアルバムは2枚とも持っているのですが、2枚とも「アップル」です。ならば先に出た「ホワイト・アルバム」じゃないかと思えるのですが、「ホワイト・アルバム」は発売当初、割と評判が悪かったので、ちょっと買い控えてしまって、発売から1年以上経って購入した為、その間に、契約が移行して「アップル」になってしまった可能性が、あるからです。実際70年代初めには、レコード屋さんの店頭にあるビートルズのアルバムはデビューの頃も含め全てアップル・レコードになって出直していた記憶があります。


 ということで質問を変えると、あなたの(発売されたばかりの頃に買われた)レコードの「ホワイト・アルバム」のレーベルはオデオンでしょうか?もしそうなら、この答えは自動的に「ヘイ・ジュード」が初のアップル・レーベルからの発売ということになります。(但しこれは勿論日本盤での話)

 実は(これからの話は謎がすでに解決していますが)ビートルズのシングル盤における、初のアップル盤は巷では「ヘイ・ジュード」となっていますが、これは本国イギリスの話でして、日本では「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」が初のアップル・シングルなのです。つまり日本盤シングル「ヘイ・ジュード」は日本での契約移行が遅れた為、「オデオン・レコード」なのです。実際私の持っているシングルの「ヘイ・ジュード」は盤のレーベルもジャケットもオデオンの印が入っています。
(尚シングル盤
「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」は日本のみの発売)
 

ということで質問コーナーはこれ位にいたしまして、今お話したアルバム「ヘイ・ジュード」は「オールディーズ」と共に未だCD化されていないビートルズが現役中に発売されたアルバムなのですが。。

 何か本日のお題から、逸れますが、一応曲目だけご紹介しておきましょう。

●アルバム「ヘイ・ジュード」

SIDE1
1、キャント・バイ・ミー・ラヴ
2、恋する二人
3、ペイパー・バック・ライター
4、レイン
5、レディ・マドンナ
6、レボリューション

SIDE2
1、ヘイ・ジュード
2、オールド・ブラウン・シュー
3、ドント・レット・ミー・ダウン
4、ジョンとヨーコのバラード

の以上10曲からなる。もし青盤、赤盤や、パスト・マスターズなどがなければ、かなりCD化の要望が殺到しそうな内容である。「レイン」や「オールド・ブラウン・シュー」などを特に聴いた覚えがある。



さてさてようやく、バッド・フィンガー(アイビーズ)のお話に。

 バッド・フィンガーは1965年結成。アップルからはアイビーズの名でアルバム「メイビー・トゥモロー」でデビュー。このアルバムは何故か本国イギリスでは発売されず、日本やイタリア、西ドイツなど数ヶ国のみの発売となった。
 本国発売がされなかったのは、おそらくアップルの財政状況が影響していたと思われ当然本国でのプロモートが全くされなかった為、売り上げは芳しくなかった。
 そこで再びバッド・フィンガーの名で再デビューすることとなる。1969年のことだ。(バッド・フィンガーとは「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・マイ・フレンズ」の発表前の仮題だったらしい。)
 再デビュー曲は「マジック・クリスチャンのテーマ」。これはリンゴ・スター出演の同名映画のテーマでもあり、ポール・マッカートニーの作品だった。
さてその後の活躍は、CDのジャケットと共に見て頂くことにするが、その前にメンバーをご紹介する。

 全盛期のメンバーは                                                  
  ピート・ハム(vo,key,g)
トム・エヴァンス (vo,b)

ジョーイ・モーランド(vo,g)
マイク・ギビンズ(dr)


の4名。

その後メンバーには後にイエスに加わるトニー・ケイが在籍していたこともある。

 しかし悲劇的なことに1975年にピート・ハムが、1983年にはトム・エヴァンスが自殺してしまう事態に陥る。理由は両者とも金や権利問題がこじれ、訴訟に発展した心労によるものと聞いている。普通に過ごせていれば、現在もビートルズの流れを組むベテラン・アーチストとしてポップス界に君臨していた筈。実に惜しい財産を喪失してしまったものだ。  

 さて気を取り直し全盛期(アップル時代)のアルバムをご紹介。

 



バッドフィンガー
マジック・クリスチャン・ミュージック(紙ジャケット仕様)


●1970年の作品。「マジック・クリスチャンのテーマ」でスタート。初めてこの曲を聞いたときは、「ポールの真似じゃん」と思ったが、ポール・マッカートニーの曲だったので、あたり前だった。「明日の風」が泣ける作品だ。




バッドフィンガー
ノー・ダイス(紙ジャケット仕様)


●1970年の作品。前作は、1965年位からの作品のリ・メイク的作品だったが、こちらは、正真正銘の新作で固めた。ここからは「嵐の恋」が大ヒット。また後にニルソンマライア・キャリーがカバーして大ヒットさせる「ウィズアウト・ユー」が 聞きもの。ニルソンのカバーはピアノで前半しっとりと、後半熱唱という編曲だったが、こちらの原曲はギター・サウンドだ。しかしこの名曲を作った二人(ハ ム&エヴァンス)が共にもうこの世の人ではないとは。。。尚このアルバムのアナログ盤が何故か中古市場で高値の花になったことがあり、1980年代初めに は店頭価格が1万円以上していたという記憶がある。







バッドフィンガー
ストレート・アップ(紙ジャケット仕様)


●1971年の作品。ジョージ・ハリソンの「オール・シングス・マスト・パス」と同時期の作品であり彼らもこの作品のバック・ミュージシャンとして参加していた。バッド・フィンガーの作品ではこれがおそらく最も売れたアルバムだ。ハム&エヴァンスの作品も素晴らしいがジョーイ・モーランドの作品も素晴らしく、それにより全体の質を著しく高めてくれた。全体的に中期のビートルズのようなサウンドが楽しめる名盤だ。バングラデッシュ・コンサートでピート・ハムが「ヒア・カムズ・ザ・サン」を弾いている姿が懐かしく思い出される。

 さて彼らはその後もアルバムを出し続けるが、先のような問題が大変な事態を引き起こし、やがては「悲劇のバンド」と呼ばれるようになってしまった。
再びここでファンとして冥福を祈りたい。