個人的話題で恐縮ですが突然ポール・マッカートニー初のソロ・アルバムのお話 | EVERYBODY'S TALKIN'/噂の音楽四方山話

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60年代~70年代の洋邦楽、ジャズ、クラシックの個人的に好きな曲のみをご紹介いたします。また自分のライブハウスでの弾き語りなどの情報、その他の趣味なども。

 個人的話題で恐縮だが(ブログはそもそも個人的な話しばかりなので、恐縮するのもなんですが)先日アップした「最近買ったダイラケさんのDVD」の話でえらく友人Yと懐かし系の話で盛り上がり、話題がテレビだけでなく、ラジオ、FMにまで及んでしまい、ああだった、こうだったと収拾が着かなくなってしまった。

 その中で、これも先日の記事で「エリック・サティのジムノペディ」の事を書いたのだが、その中でこの曲がFMの人気番組「ビート・オン・プラザ」で使われた旨を御紹介した。※(ビート・オン・プラザに関しては後述参照)


しかしこの友人が頑固な男で「あのギターとピアノの曲がサティ?」(既にこれ間違ってますけど)と、てんで信用しない。

 

 どうもしつこいので私もよくよく考えてみると、使われた曲は確か2曲あって1曲はご紹介済みの「ジムノペディ」なのだが、もう1曲あったのを思い出した。それはポール・マッカートニーの「シンガ・ロング・ジャンク」という曲で、初のソロ作品「マッカートニー」収録のインスト作品だ。確かにこの曲も使われていたはずで、「ギター&ピアノ」で演奏されており、Yの記憶と一致する。


 私の言っていた「ジムノペディ」は先日にも書いたが「ギター&フルート」で演奏されていたものである。どうだね。分かったかねY氏!君が言っていた曲はポール・マッカートニーの「シンガ・ロング・ジャンク」なのデス。因にこの2曲はこの番組でどのように使われていたかというと、単なる時間調整用で使われていたと記憶している。例えばその時に紹介した作品が25分50秒の長さの曲ならば丁度の26分間になるように10秒だけ流す、といったような使われ方だ。(これは全く私の推測だが)

 

 そしてここまで書いて重要な事を思い出した。この番組のテーマ・ソングはこのポールのアルバムに収録されている「ママ・ミス・アメリカ」だッた!懐かしい。



Paul McCartney
McCartney

●この「マッカートニー」はご存知の方も多いだろうが全曲ポールが、一人で自宅スタジオに篭り、多重録音をして作ったものである。またあの精緻を極めた「アビイ・ロード」の次の作品にしては、かなりラフな仕上がりの為、仕上がりに疑問符の付く作品として発売当時から取り扱われていたものだがセールス的にはある程度成功した作品。このアルバムには、ビートルズの新作用に作ったが、解散した為、宙に浮いてしまい本アルバムに収録した作品も収録されている。


●ジャケットのデザイン&撮影は亡き妻のリンダ・マッカートニー。アルバムも「ラブリー・リンダ」で始まり、完全に「プライベート」な作品。世界で最も売れた、プライベート作品ともいえる。

(今ふと思えば「ラブリー・リタ」って誰のこと?)


 このアルバム収録曲の最高の一曲を選べというと迷わず「ジャンク」になる。この曲当然異論もあろうが、私にとっては、解散後現在までを通じてもベスト3に入る名曲と思う。とにかくメロディーが最高。その他では「恋することのもどかしさ」が聞きもの。上記のようにたった一人で録音している為、特にリズムに難があるが、(クオンタイズ機能のあるMTRなど勿論ない時代!)曲そのものは素晴らしい出来。


 また「テディ・ボーイ」も好きな曲だ。この曲はビートルズの「アンソロジー3」にも収録され、「フォー・ユー・ブルー」「トゥー・オブ・アス」などの作品と並んでいるところを見るとおそらく「レット・イット・ビー」に収録したかった曲と想像する。


 ※「ビート・オン・プラザ」

 70年代初頭、FM放送の大人気番組。特に洋楽ファンにとってはバイブル的な存在。テーマ音楽はポール・マッカートニーの「ママ・ミス・アメリカ」。DJは川村龍一氏。但しこの番組(私はFM大阪で聴いていた)を担当していた当初は「矢沢二郎」と名乗り後に「川村尚」と改め、自らをデデ君と呼んでいた。めちゃ懐かしい。

 私より多少年下の方は「ビート・オン・プラザといえば田中正美さん」とよく言われるが、田中氏は3代目のDJでこのころは、私は受験生だったので、あまり聴いていなかった。まじめすぎた高校生時代を振り返り多少後悔。

 この「ビート・オン・プラザ」は曲をチョイスなどせず、最新アルバムを全曲レコードの順番通りにかけていた画期的番組。(時にはA面だけというのもあったが、アルバムなのでそれでも20分ほどそのアーチストの新作が聴けた)



 上記にもあるように、このA面からB面への繋ぎの開いた時間(僅か数秒から数十秒)に先日ご紹介した「BS&Tのジムノペディ」と「シンガ・ロング・ジャンク」がかかっていた。

 尚川村龍一氏はMBSおはよう「川村龍一です」で知られ、阪神大震災の際、最も早く「阪神高速道路神戸線の落下」を伝えたアナウンサーとしても知られる。(芦屋の自宅からMBSに向かう途中被災された)






ではまた懐かし系でお会いしましょう。