司会者との研究が終わったことは後悔していない。
しかし心がひどく痛む。
それは自分がほかの人と研究をしたいかもしれないと淡い期待をしているから。
「離れられてよかったじゃん!もう近づくなよ!!!」と強く言って欲しいし、
そう思いたいのです。
なぜだか・・・研究を辞めてよいのかと謎の気持ちに駆られてつらいです。
時間を買い取ってというより、奪われている気がして集会に行きたくない日も沢山あったはずだったのに、それでも「本当に研究自体を辞めていいのか?」という想い。
しかし仕事に支障があるし、精神的・感情的にも2度も3度も宗教で集うのはこりごりなので
まじで
「研究再開とかするなよ!」って言われたいです。
研究とは違う話を少ししますが、
私の宗教好きは、私の家系の四代前からすでに始まっていました。
でも私の親は彼らの宗教の溺れ方(?)に懲りて、その影響で大の宗教嫌いです。
しかしその子供(私)は小さいころから祖母の宗教についていっていたせいか、
しっかり宗教大好き人間に育ちました。
私は大のおばあちゃん子だったのです。
曾祖母・祖母はエホバの証人とは全く関係のない宗教信者でしたが、彼女たちも新興宗教信者でした。新興宗教のなかでは歴史が長いため、信仰もウン十年、子供のころから死ぬ時まで続きました。
JW2世としてツライ子供時代を送って悩んでいる人にとっては、私は滑稽で気味が悪いと思います。
しかし私の幼心に、信仰というのは素晴らしいもので心底憧れでした。
家族で聖書を持って教会に行く、食事の前にはみんなで祈る、
これらが羨ましくて羨ましくてたまらなかった。
けれど現実は、私の親は宗教嫌い。
聖書や経典、なんにも興味がないだけではなく嫌悪感たっぷり。
それでいて私の親は立派どころか、幼いころ私たちを結構ひどい目に合わせてきました(今はもう和解しています。育ててくれただけ感謝だと今は思って仲良くしようと努めています。)
「それなら私は信仰心に溢れた素晴らしい人間になろう」と10代から色々な宗教を渡り歩きましたが、やはり私には向いていなかった気がします・・・・。。。
それでも求めてしまうのは私の心が弱すぎるからだと思う。
とにかく研究を再開しないよう全力で自分を引き留めています。
コメントとメッセージに心慰められています、本当にありがとうございます。
書き表せないくらい感謝しております。
つらつら書いてすいません。
研究を止めてほしいとの事と、私の家族の宗教観と私の宗教好きの背景でした。