孤独死(1/3)
―合法的な詐欺―
孤独死の黒ずんだ側面というか、いわゆる世に語られる遺体状況とその生活周辺の暗渠のような側面からでなく、よりメインストリームの社会の真っ昼間の側面を少し開いてみよう。
ゴーグルを付けて、マスクを付けて、レインコートを着て、一見宇宙服のような恰好をして、臭いを遮断して、窓を全開にして、臭いを拡散させて、虫を外に逃がして、ここに遺体があったのかと思わせるような形で残る黒ずんだ床の上に週刊誌が体液でくっついているので力を入れてはがすのにバリバリと音をたてるというような、そういうことをして、1日毎の使い捨てのレインコートや手袋を外すときの汗びっしょりの感覚などのそういう面でなく、もう少し部屋を出て、家の外の社会の面を開いてみよう。
1)本人特定-警察
2018年のある暑い夏の日、新聞配達が、東京近郊の、市街から離れたいわゆる調整区域の住宅地に来て、郵便受けに新聞がずっと何日分かがたまっているのに気付いた。異臭もした。多分、死後12日経過。
警察は、事件性があるかどうかを調べるために、近所に聞き込みをし、別居の兄弟家族に連絡をし、事件性ナシとなるまでその家への立ち入りを禁じた。
数日後、事件性ナシとなり、別居の家族が立ち入り、部屋の掃除をすることになる。
警察は、その遺体が誰のものかを特定することになる。
その過程は、警察はあんまり教えようとしないのでよく分からないが、たぶん顔、
身分証明書・所持品・着衣、身体的特徴、指紋、歯型、骨、DNA型とかだろう。
孤独死の場合日数が経過して遺体が見つかるので、相当腐乱がすすんでいるので、顔・身体・指紋からは無理ということだった。残るのは①身分証明書・所持品・着衣、②歯型・骨、③DNA型になる。
2)所持品・着衣は?
警察は①所持品・着衣を退けた。理由はよく分からない。身元特定には根拠薄弱だということらしい。
遺体は、本人の家の自宅の2階の寝室のトイレの入口に横たわっていた。
財布、スイカ(JRカード)、病院診察券等(5~6枚)、その他カード類(銀行・ポイントカードを含めて20枚を優に超える)については、どれが所持品かそれとも家の中に、寝室のタンスの中にあったかははっきりしない。銀行通帳・カード類は、警察から寝室のタンスの中と言われたような気がする。
はっきりしているのは、腕時計(150mダイバーズウオッチ)は身に着けていたこと、そのため臭いがまだかなり腕時計に残っていると言われた。
着衣は? 警察から説明はなかった。
3)歯型・骨は?
歯型については、警察の調べでは、ここ最近5年ぐらい歯医者に行っていないとのことだった。歯型による身元特定も退けられた。
骨については、2018年の22年前に、10万人に1人と言われた重症筋無力症になり、胸骨正中切開の手術をしている。もちろんその病院の診察券も、財布かタンスの中か、あった。
警察によれば、10万に1人ではだめだそうだ。本人特定にならないそうだ。診察券・通帳・カード類全てのものが、本人を指しているが、本人が入れ替わっているかもしれないし、入れ替わりではないということが証明できないらしい。
警察によれば遺体が入れ替わっていたということが、実際にあったと言っていた。
それがいつ、どこでなのか、実例を知りたいところだが、警察に聞くのは雰囲気からしてちょっとためらわれた。
ここで問題は、10万人に1人のその人が、別の同じ10万人に1人の同様の胸骨正中切開をした人と入れ替わったとして、どこかの家でなく、あらゆる病院診察券、銀行通帳・カード、各種ポイントカード等が本人を指し示すその家で、入れ替わりが行われたとすると、どのくらいの確率だろうか? 然も、今回は事件性を示すものはないと判断されたにもかかわらずだ。然も、同じ趣味の1979年発売の150mダイバーズウオッチを腕に着けてだ。
患者数(平成28年度医療受給者証保持者数)22,998人なら、そちらの行方不明者を調べた方が早いかもしれない。警察の捜査力をもってすれば。年齢・性別・身長等の絞込みはどうだろうか? ダイビングの趣味の絞込みはどうだろう?
警察はこの骨による身元特定の方針も退けた。そして、DNA検査の方針を取り、その結果が出るほぼ3ケ月も前に、発見から1週間後に身元不詳のまま火葬にされた。
4)DNA型は?
警察はDNA検査を身元特定に使うことにした。兄弟のDNAサンプルを採取した。
警察は結果が出るのは早くて3~4ケ月かかる、結果がでたら連絡するのでそれまでは待
つしかないとのことだった。
検査に取り掛かるまでに日数がかかるのか、それとも検査開始からの結果までの過程に日数がかかるのかは、よく分からない。やはり警察にその辺を聞くのは雰囲気的にちょっとためらわせるものがある。
テレビ・新聞報道では、事件のDNA鑑定は2~3日もかからないように見える。
いずれにしても、それまでは、死亡届も出せない、全ての公的な手続きはできない。葬式も出せない。
2ヶ月が過ぎてしばらくしてから、警察に結果が出たかどうかを問い合わせたら、まだとのことで、結果が出たら連絡しますとのことだった。
DNAサンプル採取からちょうど3ヶ月たってから再び問い合わせたら、結果は出ていた。いつごろ出たのかと聞いたところ、前月の末頃とのことだった。とすると今日までにすでに10日間過ぎてたんだ。ひょっとしたら、前月末よりも、前かもしれない。何日か後で、再度、いつごろ出たのかと聞いたところ、「前月末って言ったでしょ」と不機嫌に答えた。報告書を見たいが、やはり言い出せなかった。
そのDNA検査の結果からは、身元特定できないというものだった。数字で出るらしいのだが、どういう数字で出るかわ分からないが、素人に分かり易く言えば、兄弟関係・親子関係は半分・50%ということらしい。つまり、分かり易く言えば、母親が同じだが、父親が違うということだ。すでに両親とも10数年前に他界しているが。
5)入れ替わりか?
どうする? 警察によれば、遺体が別人である可能性が否定できないということだ。行方不明届を出すことになるかもということだった。行方不明届を出すか? そして7年待って葬式か?
入れ替わり? 行方不明は2人? 本人はどこへ消えた? この遺体はどこから来た?
警察は、行方不明届の前に、戸籍謄本を遡ることにした。あの遺体が母親と同じDNA型をもつ誰か別人の遺体の可能性が否定できないので、「母親と同じDNA型をもつ誰か別人はいない。そういう人は全て、遺体発見時以前に死亡している」したがって、遺体は別人でなく本人であるということを立証しようとして、警察は例によってはっきり言わないが、戸籍謄本を調査する方針を立てた。
謄本調査の結果がいつ出るのか、半年? 1年? それともやはり行方不明届?
警察は2018年から母方を辿って、江戸時代迄さかのぼったそうだ。
警察の見解によれば、2人兄弟で、70才の兄が孤独死、弟は生存。兄の遺体は実は3人目の別人の遺体かもしれない。
ということは、70年前に母が3人目を出産して、今まで誰も気付かずにいて、70年後の8月に、あの場所のあの家に誰にも知られずに現れて、あの部屋で寝起きして、兄の銀行カード.病院の診察券.各種ポインカード等を所持して、10万人に1人の胸骨正中切開を同様に経験しており、同様に150mダイバーズウオッチを身に着けて、入れ替って死んでいた。そういうSF漫画の可能性も否定できない、というのが専門家としての警察の専門的な見解だ。
6)DNA検査で何が分かるか?
警察の理屈を通せば、DNAがほぼ100%近く合致したとしても、立証効果は半分あるかどうかで、本人特定はすこぶる疑わしい。
親子関係は立証するけど、その遺体が本人かどうかは、分からないからだ。3人目の母の子が、今まで誰も気付かずにいて、70年後の8月に、あの場所のあの家に誰にも知られずに現れて、同様に入れ替わったことを否定できないからだ。
DNAが、本人の遺体以前のものから採取されて、それとの比較なら、本人特定できる。が、兄弟のDNAとの比較では、ただ親子関係を立証するだけで、親子関係イコール本人特定じゃない。
この種のDNA検査は、100%一致でも、3人目を想定する限り、無力だ。警察は、漠然とDNA信仰にとり憑かれてる。DNA検査という科学技術に憑かれてる。
だが、今回DNA検査が一致と出たら、警察は本人特定しただろう。私たちもそれを受け入れただろう。警察も3人目を想定することなど思いもしなかっただろう。理屈の上では、ヘンチクリンこの上ないけど。
7)意外な経過
本人特定は、意外なところで決着した。
こちらは、火葬した骨に、胸骨正中切開の影響が残っていないかどうかなどと考えて、22年前の手術した病院にカルテのことを聞こうと思って、実際に病院の相談係に会って話を聞いたが、カルテは5年を過ぎると保存していないようだったし、すでに警察から問い合わせがあり、警察に話したこと以外にないということだった。
しかし、遺体は本人に間違いない。DNA検査とそして生活実態が、所持品、何枚もの診察券、その他カード類、JRスイカの約5ヶ月間の利用履歴、発見時に腕に着用していた150mダイバーズウオッチ等が、それを示している。
DNA検査の結果を考えているときに、警察が歯型は取ってあるということがひっかかった。歯型が石膏のようなものにとってあるのか、それとも何かしらのメモのような記録が残っているのかよく分からない。そういうことを考えているときに、ある歯科医の名前が浮かんだ。なぜか分からないが、記憶に残っていた。バスに乗っているときに、その歯科医の看板を見た気がする。
警察は本人がここ数年、5年くらい歯医者に行った形跡はないと言っていたが、重症筋無力症の調査と同じく、詳しい経過は教えようとしない。
歯医者を片っ端から電話しようと決めた。
浮かび上がったあの歯科医にまず最初に電話した。それは、本人の自宅の最寄りの歯医者だ。
「本人が亡くなったと思われるですが、身元特定ができない状況なので、そちらにかかったことがあれば、歯型照合ができて、身元特定ができるのですが、いかがでしょうか?」
「ちょっとお待ちください。・・・ありますね。カルテがあります」
震えは、言いようがない。
「これから伺いたいんですけど・・・」
電車を乗り継いで、駅から歯医者までの1.6kmの道を、タクシーが通らないか後を振り返りながら、一気に歩いた。「カルテはあったんだ・・・警察は調べていなかったんだ」「カルテはあったんだ・・・どんなカルテだろう?・・・警察は何を調べたんだろう?」
ほぼ10年前ということだ。カルテから書き取ったメモをみせてもらった。歯の場所・位置を示すような直角の線と数字が書いてあって、FMCとか金パラインレーとかある。
警察と連携している歯科医師がいるということだ。警察はそこと連絡をとって、書類上・データ上だけを調べたらしい。その範囲は、多分5年以内か。
警察にカルテがあったことを連絡してから、しばらくして、警察が、「どうやって分かったんですか?(遺族が身元特定のために)必死なのはいいんですけど、どうやって分かったのかそれが重要なんです」。ストレートに、歯医者を片っ端から当たろうとしたことを告げた。警察はそのことについて何も言わなかった。ご協力ありがとうございますとかのニュアンスのことも何一つ言わなかった。「鑑定の先生も仕事の合間にやるんで・・・進展があったら連絡します」だけだった。
警察は、DNA信仰に憑かれて、SF漫画を追って、江戸時代に行った。私たちは、歯型を求めて、最寄りの歯科医に行った。
警察の捜査方針は、組織で決めるらしい。何故、最寄り歯科医を当たろうとしないのか?
実際に歯科医を当たるのは「キリがない」と警察は言っていた。キリがないじゃなく、キリを付ければいいだけだ。例えば半径1.5kmの最寄り歯科医とか、或は定期通院病院との通院経路の歯科医とか。どっちも簡単なことだ。組織的に間違ってる。
この組織的な間違いのために組織的に漏れたケースがどのくらいあるだろう? たとえ1件だけでも、遺族にとっては大問題だ。
鑑定の先生の結果が出たと連絡がきたときに、警察に「あの遺体を、身元不明のまま、1日1日と過ぎていく、そんなふうに放っておくなんて、1日たりとも耐えられない」と言ったら、警察は気色ばんで、「それは言い過ぎじゃないですか?我々だって、放っといたりしてるわけじゃないんですよ」と返したが、それに対して口には出さなかったが、本当は「放っといてるんだよ。どんなに努力したって、私たちがどんなに努力したって、遺体が放って置かれていることに変わりはない。1日1日と放って置かれていることに変わりはない」
8)市役所で-死亡届
市役所の福祉課というところで、お骨を受取った。
「火葬の費用のおつりがありますから、明日以降にまた取りに来てください」
「振込とかってのは?」
「そういうのやってないんで、いらなければ、取りに来なくてもいいです」
福祉課の人に、市民課に案内された。
市民課で1時間ほど待たされた。12月の暮れが押し迫っているせいか、それともいつもの市民課の風景なのか、ざわついていた。多くの待っている人はただじっと待っている。そのそばをまた多くの人が忙しそうに行き交う。アナウンスがひっきりなしに流れる、「1043番の番号札の方、2番のカウンターにおいで下さい」というようなアナウンスが次々と流れる。
そんな中で「書類の、埋火葬許可証の、訂正がありますので時間が、1時間ぐらいか、かかります」と言われて、ほぼ1時間待たされて、それからカウンターに呼ばれて、書類を渡されて、「ここに、名前と日付を書いてください」と言われた。よく分からないが、とりあえず書いた。そして「ここの日付は、死亡の日付は、こっちのここに書いてある通りに書いて下さい」と言われて、その通りに推定云々と書いたが、その時に、相続手続では謄本の通りにと法務局やら銀行から言われていたことを思い出して、「謄本の記載もこの通りになるんですね?」と確認したところ、「そうです。その通りになります」と担当者が答えた。
そして、書いてカウンターで渡した時に、「亡くなったことが分かった日にち、本人特定の日付が分かるものが、書類のコピーが欲しいんですけど。税務署に出さなきゃいけなんいで」と言ったところ、
「それは出せないです」と返ってきた。
税務署は、亡くなった日ではなく、本人特定ができた日から、4ケ月、10ヶ月の締め切りがある。この死亡日(推定)でなく本人特定日からということも、ずいぶんと税務署とやり取りして了解されたものだが、その日付の分かる書類添付が要請されていた。
9)本籍判明報告書
「え? 出せない? 何で?」
「出せないです」
「だって、私のものっていうか一番の肉親のものでしょ? 亡くなってるんだから、本人のものを本人が見るようなもんじゃない。それが出せないって? そんな?!何で?!」
「受理したら出せないんです」
「だって、何にも分からないんだよ、死因も分からないんだよ、いつ本人って分かったのかも、診た医師はなんていう医師なのかも、何も分からないんだよ。いつ分かったのかその日付も見せらんないの?」