北国に降り立つ

 

 

先日、内地に受験に行っていた息子が、飛行機で帰ってきた。

羽田から釧路空港のAIR DOに乗る予定だったのだが、羽田空港にいる息子から「飛行機が飛ばないかも」と連絡があった。雪のため、調整中とのこと。調べてみると、朝の便は羽田から出発したものの、途中で引き返して羽田に戻っていた。ANAJALの本日の運行状況も見たところ、朝の便は欠航、昼の便は到着、夕方の便は天候調整中とのこと。「もし欠航したら、もう1泊東京に泊まって、翌日の便で帰ってきたらいいね。」と返信する。

 

今日の午前は、雪が降る中の釧路湿原のカヌーツアーだった。思いがけず雪が降りしきっていたが、風は強くなかった。冬の釧路は晴天のことが多く、雪もあまり降らない。積もっても50〜60センチほど。先日まで春のような暖かさだった。プラスの気温に雪もぐんぐん融けて、土が見え始めた。春みたいだと思ったけれど、春は三寒四温というように、暖かくなったり冷え込んだり、雪が融けたり降ったりを繰り返しながら、ようやく「春」ってなるのは5月だ。まだ2ヶ月ほどは行きつ戻りつ、北海道の春の歩みは遅い。天気図をみると、西高東低の典型的な冬の気圧配置(これ、先日のアウトドアガイド検定にも出たやつ)。太平洋上を低気圧がゆっくりと進んでいる。この後、釧路は風速12m/sと強い風がずっと続く予報だ。ちなみにこの日のお客さんは、沖縄西表島から来てくれたお二人だった。お二人は雪でテンション上がりますと喜んでいた。改めて、日本は南北に長くて、同じ日本でも多様、そして北海道は北国だ。

 

飛ぶかどうかは午後3時20分にわかるとのことで、その間、空港から近いホテルなどを検索してみる。ハッシーはむかし東京のホテルで働いていたことがあるそうで、宿を探すのも土地勘が役立ち探しやすかった。東京にホテルはたくさんあり、予約可能な近場のホテルもたくさんあった。翌日の飛行機も調べてみると、AIR DOは朝の便も夕方の便も、空席わずか1〜2席だった。翌々日であれば、かなり空席があるので、明日の便が無理なら、2泊して明後日の便で帰ってこれば問題ない。この頃は余裕な私。

 

午後3時20分、結果、出発予定。ただし、状況により羽田に引き返す可能性もあるとのこと。とりあえず、飛ぶようでよかった。でも、引き返す判断はいつだろう、飛行中よほど天候の悪化が決定的となった時、または着陸を試みる直前の状況だろうか?着陸するまでは、引き返す可能性はありということだろう。どっちつかずの状況は、私を少し落ち着かなくさせるが、まだまだ大丈夫。

 

羽田に引き返したら、その場合でも翌日以降の便に振り替えてくれるのかな?

AIR DOに電話して確認してみたら、振り替えてくれるとのこと。電話に出たAIR DOの女性がとても親切で、親身に対応してくれたので安心する。急な予定変更の時って焦りが出てしまうので、そんな時に邪険な対応をされたりするとついイライラが募ってしまうけれど、丁寧な対応をしてもらうととても落ち着く。子どもを慮る気持ちを共感してもらえたように感じた。また、現時点でも翌日以降への振り替えも可能だとのこと。ありがとうの気持ちで受話器を置く。

 

飛行機は予定時刻より30分ほど遅れて、とりあえず羽田を無事飛び立つ。

そのまま釧路に順調に降りてくれたらいいな。

スマホの運行状況の画面で飛行状況を時々チェックしながら、私達も空港へ迎えに車で向かった。

 

空港までの道も雪道だった。除雪が間に合っておらず、気温は低いので雪は割と軽いけれど、凍った路面が雪の下に隠れていたりして運転は注意が必要。交差点で滑ってる車を見かけたり、軽い衝突事故でパトカーが駆けつけている場面にも遭遇した。大雪でもないけれど、みんなこの前までの暖かさに油断してた感じだった。いつもは天気予報も早め早めに警報を出して注意を呼びかけているが、今回は予想よりも雪も風も強まっている感じだった。それでも、そんなにひどい訳ではない。北国の我々にとっては想定内。

そして、空港着。到着口付近にも車の列ができていて、到着もおそらく天候調整中でみんな待機しているであろうことが窺われる。

 

釧路空港は小さな空港で、1階に受付カウンターと到着ロビー、2階が出発ロビーと売店、3階にレストランと送迎デッキがある。エスカレーター1機で上り下りできるコンパクトさで、空港内の移動も楽だ。出発や到着便も1時間置きくらいなので、混み合わず適度な賑わい。いい空港だな〜とこんな時だけど、だからこそ?思った。

空港玄関に置いてある動物達も素敵だ。シカ、クマ、シマフクロウ、タンチョウの像が実物より大きめのリアルで堂々とした姿で並んでいて、自分が小さくなった気持ち、コロボックルな気分になれる。そんな動物達も今日は雪を頭に乗せて静かに佇んでいる。

 

まずは到着口の電光掲示板で到着時間を確認。JAL便は欠航したようだが、AIR DOANAと共同運行)は飛行中。引き返す可能性は今もってありだ。

 

2階の出発口では、AIR DO が釧路に到着したら折り返し羽田に戻る便となるようで、予定より出発時間遅れで、搭乗手続きが進んでいた。

 

3階の送迎デッキへ出てみる。吹雪。

いや、もっとすごい吹雪は知ってるけど、この中飛行機が無事着陸できるかどうかは十分不安になるような風雪だ。

雪は降ってるけど、さほどではない。それでも時々強い風が吹いて、あたり一面ホワイトアウトしたり。見てるとだんだん不安になるので、とりあえず建物の中に戻る。

 

2日前、ここから羽田に飛ぶ飛行機を見送った。

この日は風もなく、快晴の日差しも温かな日で、外にいてもそんなに寒くなく、飛び立つ瞬間までずっと見守っていた。

南に空へと飛び立ち南西へと小さくなってゆく機体。

「明、がんばれ!」と無事受験できることを祈りながら。

私自身は名古屋から札幌へと受験をしに飛行機に乗って北海道へやってきた。

あれからもう30年。自分とは逆ルートで、北海道から東京へと期待を胸に旅たってゆく我が子を、あの頃の自分と重ね合わせながら。

なんか涙が出てきた。

私は人の多い名古屋の隣の小さな町、自然も特に豊かでもない、愛着もそれほどなく、北海道に憧れを抱いていた私。今、息子は、北国の自然豊かな、人が少なくて親身に寄り添ってくれるような土地から、都会の人が多くて、物と情報が溢れる世界へと旅立ってゆく。何かに憧れ、何かを求めて、希望に満ち溢れていることだろう。当初北大を希望していたのだが、共通テストを受けた後で、同じくらいのレベルの内地の国公立大学にするといい出した。北大めっちゃ楽しい大学なのにな、北海道最高なのになって思ったけど、本人が希望するところを受けるのが、もちろん一番いい。

 知らない世界に飛び込んでゆく勇気、未知との遭遇にわくわくする気持ち、希望に輝く未来は眩しい。不安や緊張が霞んで見えないくらいに。でも、小さな影は片隅に潜んでいて、あの頃の私は見ないふりをして、光に向かって歩き続けていたように思う。今の私はあの頃の影も受け止められるようになった。目を向けて「そうだよね、怖かったよね。」と認めてあげると、影も薄くなってゆくようだ。「世界は私が思っているよりもずっとやさしい」。世界に対しての信頼すること、自分の人生に対して信頼することを北海道の大地と出会った人々に教えてもらった。

 息子本人はあの頃の私よりずっと多様な世界に触れて育ってきたように思う。なので、そんなに不安や緊張はないのではと思うのだが。私の中にあった彼の人生への心配事が、あの頃の私の中の怯えが、青空に飛んでゆく飛行機のように小さく小さくなってゆき、やがて見えなくなった。

 

 

そして今、同じ滑走路、日が沈んだ暗闇の中、白い雪が激しく舞っている。

すると突然、闇の中から轟音とともに機体が現れ、通り過ぎ、飛び立って行った。

あれ?着陸しようとして、降りれなくてまた上がったのかな?

でもJAL機だった。この時間帯、JAL機は出発も到着も欠航になってたはずだけど。

そしたら、私達と同じように送迎デッキに出たり中に入ったりして飛行機の様子を気にかけている様子だった年配のご夫婦が、「午後3時に出発予定だったんだけど、ずっと待機していてやっと飛んだんです。」とおっしゃっていた。今は6時過ぎなので、こんなに長時間機内で待機しながら離陸できるタイミングを見計らっていたのか、と驚いた。ご夫婦のお子さんかお孫さんかが乗っていたのだろう。やっと無事に飛び立てて安心して帰って行かれた。それは心配だったはずで、さぞやほっとしたことだろう。ずっと天候待ちをしていた飛行機が離陸できると判断できるほど状況はよくなってきているのだから、きっと着陸もできるはず、とちょっと希望の持てるような出来事だった。

 

しかしながら、到着予定時刻は過ぎてるものの未だ着陸せず、1階の電光掲示板にはもう少し遅い到着予定時刻に更新されていた。相変わらず、引き返す可能性ありだ。無理に着陸すよりも、引き返してもいいから無事であったほしいな。ここまで来たら、なんとかして降りようとするだろうか。でも、車も滑ったし、飛行機が滑走路で滑るってことはないのかな?

 

釧路は霧が多い街なので、釧路空港はフォグライトの誘導灯が整備されていて、霧の時でも着陸できる霧に強い空港だと聞いたことがある。ならば、この雪でけぶっている状況でも大丈夫だろう。一方、釧路は雪があまり降らないので、除雪体制は千歳空港や丘珠空港に比べるとあまり整っていなさそうだ。それで朝はきっとそれほどの雪じゃなかったけれど、予想外だったこともあり、除雪が間に合わなくて降りれなかったのかもしれない。けど、今はそんなに雪が降っていないから大丈夫かも。あとは、風。午後5時の予報は11m/sだったけど、実際は15m/s吹いてたようだ。午後6時の予報も12m/sほどだけど、実際はもっと強いのかもしれない。

羽田まで戻る燃料は十分だろうか?帯広空港に着陸であれば、帯広まで車で迎えに向かうこともできるが、千歳だと翌日になってしまうな。こんなことなら、今日の飛行機は見送って、翌日以降の便に振り替えてもらってた方がよかったかな。なんだか悪い予感が襲ってくる。今回とは全然異なる状況なのに、年始の航空機事故のことなども心に浮かんできて、ちょっと泣きそうになる私。

そんな時うちの娘と一緒だとありがたい。動じないというかタフなのだ。私が弱気な発言をすると、「大丈夫でしょう。これくらい。」と全く不安に思っていない。その態度に私も勇気づけられる。大丈夫、これくらい!

ハッシーが飛行機が苦手なこともあり、私達家族は滅多に飛行機に乗らない。帰省する時はもっぱらフェリーだ。フェリーが好きなのだ。今回も明は大洗からのフェリーで帰ることも考えたのだが、あいにくこの日はフェリーが出ておらず翌日の夕方の便になってしまうため、飛行機にしたのだった。そう、私が飛行機に慣れていないだけで、これくらい飛行機ではよくある出来事で、心配に及ばず。全然泣くような状況じゃない。

 

 その時空港ロビーのアナウンスが流れ、「ただいまAIR DO機が到着しました。」おっ、まじで!慌てて送迎デッキに出る。と、目の前に飛行機が滑り降りて来た。ゴーというエンジン音を轟かせながら。「よかった〜」を思わず声が出る。横にいた若い女の子がこちらを見て、「よかった〜」と言ってにっこりほほ笑んだ。彼女は誰かが到着するのを待っていたのかな?それともこれから出発する人を見送りに来ていたのかな。なんだか空港全体が大きな何かを達成し、安堵に包まれているようだった。

 

 そんなこんなで到着口から明がひょっこり現れ、車で一緒に自宅へ戻る。当の本人は着陸できるかできないかはそんなに気にしていなかったらしい。空の上はいつも穏やかなのだ。でも、隣に座っていた男性がめっちゃ煙草臭くて、息をするのが大変だったらしい。自分の服にも臭いが移ったくらいに。それはそれで、大変だったね。まあ、死ぬほどのことでもないし、大丈夫。無事着いてよかった。生きていれば、大丈夫。受験に落ちようが、生きてさえいればなんとでもなる!

 

 車で走っていると、だんだん吹雪もおさまってきた。

 釧路の澄んだ夜空が美しかった。

 

 翌日も風は強かった。朝の便は予定通り出発到着したが、夕方の便は帯広空港に変更して到着、そして羽田に深夜に戻ったとのこと。結果、翌日に変更しないで、あの便に乗っておいて、よかったとも言える。いいも悪いも、本当はないのかもしれない。光と闇が同じくらい尊いように、一見いいことにも一見悪いことにも同じだけ価値があり、そして最後は最善の状態に辿り着くようになっている。もし今がいいと思えないなら、それはまだ途上ってこと。って言ってたのは、ジョン レノンだったかな。

 合格発表は3月8日。

 生きているだけで十分だけど、でもやっぱり受かってると尚うれしい。